ビジネスパーソンのみなさんは、毎朝の通勤ラッシュで、会社にたどり着くまでにぐったり疲れてしまってはいないだろうか。「生産性の向上」が叫ばれて久しいが、通勤で疲れてしまっては元も子もない。

 一般的に鉄道の通勤ラッシュは緩和傾向にあると言われている。国土交通省の統計では、1975年度に221%だった東京圏31区間の平均混雑率が、2015年度には164%になっている。

 しかし、利用者の実感は違うようだ。周囲へのヒアリングやアンケートの結果を見る限り、通勤ラッシュに悩む人は依然として多い。

 こうした訴えを機敏に感じているのか。8月に東京都知事に就任した小池百合子氏は、「満員電車ゼロ」を公約に掲げている。今回は小池都知事のブレーンとして知られる交通計画のコンサルティング会社「ライトレール」の阿部等社長に“痛勤”解消策を聞いた。

以前より改善したとはいえ、通勤ラッシュにはまだまだ問題が多いと感じます。阿部社長は、小池百合子都知事の公約「満員電車ゼロ」の発案者として知られています。また、以前にも阿部社長のインタビュー記事を掲載しましたが(「地下鉄24時間化より満員電車の解消を」「低運賃が日本の鉄道をダメにしている」)、小池都知事が誕生したこともあり、改めて「満員電車ゼロ」をどうしたら実現できるのかについて伺います。

阿部:私の提案は各所で取り上げられ、そのたびに炎上します。「できない理由」あるいは「やる必要のない理由」、さらに言えば「やるべきでない理由」まで、いやというほど言われています。

 そういった意見や疑問を持つ人に、「こうすればできる」「こういう理由でやる価値がある」と思ってもらえるように、できるだけ丁寧にお答えします。

満員電車は小池都知事の人生を変えた

最初に、小池さんとはどのような出会いだったのですか。

<b>阿部 等(あべ・ひとし)</b>氏<br /> 1961年、東京都生まれ、55歳。東京大学工学部都市工学科修士修了。交通計画を専門に学んだ。88年、JR東日本に第1期生として入社、鉄道の実務と研究開発に17年間従事した。2005年に株式会社ライトレールを創業し、交通計画のコンサルティングに従事している。08年に『満員電車がなくなる日』(角川SSC新書)を出版し、小池都知事の公約「満員電車ゼロ」の元ネタとなった。鉄道の活性化策を様々提言し、鉄道に関して各種メディアにてしばしば寄稿・コメントしている。(写真、北山宏一)
阿部 等(あべ・ひとし)
1961年、東京都生まれ、55歳。東京大学工学部都市工学科修士修了。交通計画を専門に学んだ。88年、JR東日本に第1期生として入社、鉄道の実務と研究開発に17年間従事した。2005年に株式会社ライトレールを創業し、交通計画のコンサルティングに従事している。08年に『満員電車がなくなる日』(角川SSC新書)を出版し、小池都知事の公約「満員電車ゼロ」の元ネタとなった。鉄道の活性化策を様々提言し、鉄道に関して各種メディアにてしばしば寄稿・コメントしている。(写真、北山宏一)

阿部:東京大学の都市工学科で交通計画を学んだ後、JR東日本に勤務していた2003年に、豊島区の高野之夫区長が池袋LRT(次世代型路面電車)構想を発表しました。

 その構想に関心を寄せ、「池袋の路面電車とまちづくりの会」に参加するようになりました。2005年に独立して交通計画のコンサルティング会社を立ち上げる際には、地元の皆さんから池袋で事務所を持つように勧められ、以来11年です。

 社名は、そのものずばりライトレールとしました。ゆくゆくは池袋ライトレールを立ち上げ、LRTの経営を担うことを目指しています。

 2005年から池袋を地盤とした小池さんとは、池袋LRT関連のイベントで初めてお会いし、「LRTはいいわね」と言われました。その後、2008年に『満員電車がなくなる日』(角川SSC新書)を上梓する際に、推薦文を書いていただきました。

 小池さんから、17才の時に、満員電車に乗らなくてもよい生活のために、「包丁一本」型人生を目指してアラブ留学を考えたと伺いました。満員電車は小池さんの人生を変えた。都知事選の公約は思い付きでなく、筋金入りです。

「満員電車ゼロ」の実現策として、2階建て電車に注目が集まります。

阿部:現行の2階建て電車は、ドアが1階にしかなく、乗降に時間がかかり本数増と両立しません。

 私が提案している総2階建て車両は、通常の客室を2つ重ねたものです。2階でも同時に乗降できるよう、ホームも2層とします。

 「快速アクティで失敗した」との批判は、提案の中身を見ずにタイトルだけを見たものです。2階建て電車ばかりが取り上げられ、「コストがかかり過ぎで、現実的でない」との意見が強いですが、鉄道の輸送力増強をもっと安く早くできる方策が他にたくさんあり、それらの実行が先です。

明大前駅、下北沢駅、渋谷駅を通過する

どんな方策がありますか。

阿部:輸送力増強を安く早くできる方策を5つ提案しており、その内の1つが「選択停車ダイヤ」です。

 高速道路の料金所で、10年くらい前まではゴールデンウィークや年末年始のたびに、大変な渋滞が起きていたのが、自動料金収受システム(ETC)の普及により大幅に減りました。

 交通量が減ったわけでも、車線数が増えたわけでもありません。多くの車両が完全停止せずに通過することで、1レーン当たりの処理能力が上がったのです。

 鉄道も同様で、路線全体の中のボトルネックとなる駅で、一部の列車を通過させると、今と同じ車両と信号のまま運行本数を増やせます。

ボトルネックとなる駅とは、具体的にはどこですか。

阿部:京王線の明大前、小田急線の下北沢、田園都市・半蔵門線の渋谷といった駅です。そういった駅を例えば3本に1本通過させると、20~30%増発できます。

 同時に、停車駅が減り、追い越しがなくなり、現行の各停より所要時間が大幅に短くなります。現行の優等列車は、ラッシュ時には先行する各停につかえてノロノロ運転となっています。私が提案する「選択停車ダイヤ」では全列車の所要時間が現行の優等列車と同じくらいになります。

 所要時間を短くできる分、車両と運転士・車掌の回転効率が上がり、同じ編成数と乗務員数で、より多くの列車を運行できます。

ダイヤが複雑になり、乗る列車を間違え、降りたい駅を乗り過ごす乗客が増えませんか。

阿部:首都圏の多くの路線のダイヤは、今でも複雑です。10種類近い種別の列車がある路線もあり、同じ名称で時間帯によって停車駅が異なる路線すらあります。

 私が推奨するのは、ラッシュ時は快速A・B・Cとし、それぞれ3駅おきに通過させ、各駅から見ると3本おきに通過する方式です。一見複雑ですが、どこの駅からどこの駅へも3本に1本は乗り換えなしで行け、いったん分かればスッキリします。

 ただし、乗降の多い駅同士が3の倍数離れていると、それらを通過する3本中の1本の利用が極端に少なくなるので、停車パターンを変える、編成両数に差を付ける等の工夫を要します。

ターミナル駅に住んでいる人は、自分の駅に止まる列車が減り、資産価値にも影響が出ませんか。

阿部:路線全体のパフォーマンス向上のためにダイヤを大幅に見直すことは、よくあることです。

 例えば、京浜急行の品川から京急蒲田では、昼間の特急と急行がなくなり、優等列車は快特のみとなりました。青物横丁と平和島の利用者が割りを食いました。

 それと比べると、今まで全列車が停まっていたのが一部通過するようになっても、混雑が緩和され、所要時間も短くなり、今よりも大きな改善です。

 とはいえ、従事員も利用者も不慣れな中、朝の上りでいきなり実行するのは無理があります。夕方~夜の上下、朝の下りの順に実行し、慣れが広まった後に朝の上りでも実行するのがよいでしょう。

 線路容量(単位時間当たり運行可能な列車本数)ギリギリの本数を運行する必要のない昼は、「選択停車ダイヤ」とする必要はなく、現行通りとします。

ドアが閉まってから発車まで10秒以上かかるのはムダ

輸送力増強を安く早くできる方策に、他にどんなことがありますか。

阿部:例えば、「ドア閉めと同時の出発」です。

 JR東日本を除いた全路線において、全てのドアが閉まったことを駅員と車掌が目視で確認し、運転士に連絡してから出発させます。実際に閉まってから10秒以上を要している駅も多数です。

 10秒くらい余計にかかっても安全には代えられないと考える人が多いでしょうが、それによる効率低下の代償は思いのほか大きいのです。

 単独の列車として考えるなら、各駅で12秒ずつ余計に停まるとすると、所要時間が10駅で2分伸びます。それ以上に大きいのは、列車を群として考えるなら、12秒余計に停まるとすると、その時間だけ後続列車をせき止めることです。

 余計に停まる時間をゼロとできれば、列車と列車の運転の時間間隔を12秒短くでき、10%くらい輸送力増強できます。その分、各駅での1列車当たりの乗降人数が10%減り、停車時間をさらに短くできます。

満員電車は解消していない(写真:北山宏一)
満員電車は解消していない(写真:北山宏一)

事故の心配はありませんか。

阿部:テクノロジーの活用で、安全を担保することが絶対条件です。ドア挟みの検知感度を高くし、手早く再開閉させます。以前の車両は空気圧でドア開閉していたので、キメ細かく制御できませんでしたが、近年の車両は電気でドア開閉しているので、キメ細かく制御できます。

 駅員と車掌の目視で確認することこそ、むしろ危険です。首都圏の鉄道車両のドア閉めは、1日当たり1,000万回以上でしょう。人の注意力では1億回に1回見落とすとすると、それは10日に1回以上となります。

 ハインリッヒの法則(1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在する)で、その内の300回に1回が重大事故になるとすると、8年に1回以上となります。

 実際の事故発生件数はそのくらいで、人の注意力に頼る限りゼロにはできず、起きるたびに当事者を責めることの繰り返しでは、あまりに非生産的です。

とは言え、テクノロジーによりドア挟み事故をゼロにできますか。

阿部:ホームドアを入れる時がチャンスです。

 山手線に導入されているシステムでは、電車が到着してからドアが開き始めるまで3秒くらい、全てのドアが閉まり終わってから電車が動くまで8秒くらいかかっています。併せて1駅11秒のロスです。

 所要時間と運転時隔が伸びることは、先ほどお話した通りであまりに大きな代償です。

 センサーの性能を向上させ、安全判断と情報伝達の時間を短くし、ドア挟み、または車両とホームドア間の居残りの場合は絶対に電車を動かさず、異常のない場合はドア閉めと同時に出発させます。

 電車の到着時には、停車と同時どころか、停車1秒前にドアを開け始めても大きな危険はありません。到着するまで1秒の間には、人が通り抜けられるほどの隙間ができないからです。

多くのエレベーターは、停まる前にドアが開き始める

 エレベーターのドアの開閉が参考になります。次にエレベーターに乗った時に、ドアの下をずっと見ていて下さい。多くのエレベーターは停まる前にドアが開き始め、効率を上げています。停まるまでは開き幅が狭く、飛び出したくても飛び出せません。

 到着1秒前にドアを開け始め、ドアが閉まると同時に動くエレベーターと同じことをすればよいのです。停まってから3秒してドアが開き始め、ドアが閉まり終わってから8秒して動き出すエレベータを思い浮かべてみて下さい。あまりの効率の低さに気付くはずです。

 エレベーターでも、人がドアに挟まったまま動いた悲惨な事故は皆無ではありませんが、人間の叡智により安全度は確実に高まっています。日本人が得意な“ものづくり”の力を発揮すれば、鉄道も、人の注意力に頼らずに、安全と効率の両方を高められるイノベーションを実現できるはずです。

海外でドアを開けるタイミングを早めている事例はありませんか。

阿部社長は2016年11月に『満員電車がなくなる日 改訂版』(戎光祥出版)を出版した
阿部社長は2016年11月に『満員電車がなくなる日 改訂版』(戎光祥出版)を出版した

阿部:ドアを開けながら走っているインドなどは例外として、ヨーロッパの地下鉄で電車が停まる前にドアを開けている例があります。

 利用者が自分でドアを開ける設定にしている路線があり、停車の前に自ら開けるのです。一定速度以下になるとドアを開けられ、万が一に怪我をしたら自己責任です。

 それによる社会問題は発生しておらず、日本でも到着1秒前にドアを開け始めることは受け入れられると考えます。

日本で通勤ラッシュが今よりずっと激しかった頃は、どうしていたのでしょうか。

阿部:1956年11月より以前は、田町と田端の間で山手線と京浜東北線は同じ線路を走っていました。朝のラッシュ時は、両線を併せて1分50秒おきで運行し、現行の最短2分20秒おきより短い運転時隔でした。

 今より信号の性能は劣り、車両の加減速度は低く、ドアは片開きで幅が狭く、しかも混雑率は高かったのにです。

 到着時は、停車前にドアを開け始めていました。出発時は、ドア閉め完了と同時どころか、ドアの3分の2の幅が閉まれば走行中に転落することはないなどと言って、出発させていました。

 さらに言うと、先行列車はしばらくすれば前へ進むとして、一部では停止信号でも進入したり、注意信号の45km/h制限を超過して運転することで、短い時隔を実現していました。

 その結果、1972年には日暮里で、1988年には東中野で、信号冒進による追突事故が発生しました。

危険です。今はそうした運用は受け入れられないでしょう。

阿部:もちろんです。テクノロジーを活用して安全を担保すると同時に、昔以上の効率性を実現しましょうと提案しています。

 ホームドアの導入はせっかくのチャンスなのに、国土交通省の指示は、世論をバックに「事故を起こすな」のみです。「安全を前提に、効率性を上げよ」と指示を出せば、鉄道の利便性を大きく向上できます。

小池都知事が本格的に乗り出したら、国や鉄道会社を動かせる

輸送力増強を安く早くできる方策は、他にもありますか。

阿部:他に「進路開通と同時の出発」「車両の加減速度向上」「信号の機能向上」と3つあり、今までにお話した「選択停車ダイヤ」「ドア閉めと同時の出発」と併せて私は5方策と称しています。

 鉄道技術に関する細かな話はこれ以上しませんが、5方策により、列車の運行本数をビックリするほど増やせます。具体的な数値は、後ほどお話します。

小池都知事は具体的にどのようなことができますか。

阿部:小池知事は、選挙期間中のテレビ番組にて、「働くビジネスマンや女性が満員電車で感じる苦しさを開放するのは、政治・行政の責任であり醍醐味である」と断言しました。

 それに対して、「東京都が持つ鉄道はわずかで、他の鉄道事業者を動かす権限はない」とのできない理由が必ず出てきますが、そんなことはありません。

 2016年4月に国が発表した2030年に向けた「東京圏における今後の都市鉄道のあり方について」の交通政策審議会答申には、2015年3月に都が「整備効果が高い」とした5路線と地下鉄2路線がそのまま反映されました。

 つまり、都は鉄道会社への直接の許認可や行政指導の権限はなくとも、必要な投資に財政支援することもあり、利用者や地域の代表として鉄道計画に大きな発言力を持つのです。鉄道会社が民間企業であってもです。小池都知事が「満員電車ゼロ」に本格的に乗り出したら、国や鉄道会社を動かせる証左です。

 例えば、東京都が事務局になって「満員電車ゼロ検討会」を立ち上げ、国土交通省や関係自治体、鉄道会社が加わって議論を進めることも1つの方法です。(続く)

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