2017年3月12日、50歳と14日で得点を決め、自身が持つリーグ史上最年長ゴール記録を更新したキング・カズこと、三浦知良選手。
 なぜ彼は51歳となった今も現役にこだわり、燦然と輝き続けることができるのか。カズを20年間取材し、見守り続けてきたスポーツジャーナリストの岩本義弘さんが語る。

(まとめ:高島 三幸)

<span class="fontBold">三浦 知良(みうら・かずよし)</span><br/>1967年静岡県生まれ。横浜FCに所属。ポジションはFW。国内における最年長プロサッカー選手であると同時に、Jリーグ発足当時からプレーを続ける唯一の現役選手。(写真:アフロスポーツ/田村翔)
三浦 知良(みうら・かずよし)
1967年静岡県生まれ。横浜FCに所属。ポジションはFW。国内における最年長プロサッカー選手であると同時に、Jリーグ発足当時からプレーを続ける唯一の現役選手。(写真:アフロスポーツ/田村翔)

 1993年5月15日、歴史に残るJリーグ開幕戦のピッチに立ったヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ)のキャプテン、“カズ”ことFW三浦知良選手(現横浜FC)。25年前、ピッチ上のプレーヤーとしてJリーグの誕生に立ち会った選手たちの中でただ1人、51歳になった今も現役としてボールを追う。

 そんなサッカー界のレジェンドに、スポーツジャーナリストの岩本義弘さんが初めて取材したのは、98年のフランスワールドカップ前の代表合宿だ。「囲み取材でも、質問する記者一人ひとりの目を見てきちんと答える人」。それが岩本さんのカズに対する第一印象だった。それから20年、シーズンの初めに行うグアム合宿などに帯同しながら取材を続けている。

 岩本さんがカズからもらった“言葉”と、彼のサッカー人生の歩みを照らし合わせながら、50代に突入してもプロとして戦い続けるカズの姿勢やポリシーについて探っていきたい。

毎日の過ごし方、生き方がサッカーに表れる

 なぜカズは今なお現役を続けているのか。その理由の1つとして決して外せないのは、「98年のフランスワールドカップにおける代表落選」だと岩本さんは語る。

 高校を中退して15歳で単身ブラジルに渡り、海外でプレーする日本人選手の先駆けとなり、発足したJリーグのシンボルとなったカズは、常に日本サッカー界を牽引する存在だった。そんな彼がワールドカップで活躍する姿を誰もが疑わなかった93年、「ドーハの悲劇」(※)により、日本代表はワールドカップ出場を逃す。しかしその4年後に念願の切符を獲得。当時のカズは調子を落としていたとはいえ日本のエース。98年春にスイスでの代表合宿にも当然、招集された。だがそこで、サッカー界の歴史に残る悲劇に見舞われる。夢の舞台を目前に、「最終メンバーから外れてもらう」と岡田武史監督から告げられたのだ。

※93年米国ワールドカップ・アジア地区最終予選で、試合終了間際のロスタイムにイラク代表の同点ゴールが入り、日本代表はワールドカップ初出場を逃した

 「『おまえは要らない』とサッカー選手として否定され、少年の頃から追い続けてきた夢を直前で絶たれたことに、計り知れないショックと大きな挫折を味わったはずです。でもカズさんは、欧州から帰国したその日に練習を始めています。代表から外された無念さを拭うために、彼は『やれるところまで選手としてやってやる』と考えた。あの時の悔しさが、現役生活を続ける原動力になったことは確かでしょう」 

 その翌年、カズはクロアチア・ザグレブ(現ディナモ・ザグレブ)でプレーすることを選んだ。スイスのチームからもオファーがあったが、ユーゴスラビアからの独立紛争の傷痕が残る中で立ち上がろうとする活力が漂うからこそ、日本代表落選の傷心から新しい一歩を踏み出すには、ふさわしい舞台に思えたのだという。

 この地でカズは1シーズンしかプレーしていない。だが、そこでの1人の選手との出会いが、彼のサッカー人生に大きな影響を与えることになったと岩本さんは語る。

 「代表落選後、カズさんは引退を含め今後のサッカー人生のキャリアについて悩んだはずです。そんな時に出会ったのが、当時36歳でクロアチア代表のDFとして活躍していたゴラン・ユーリッチ選手でした。『年を取っても情熱は衰えることなく成長できる』『練習や試合以外の時間といった一日一日の過ごし方すべてがサッカーに生きる』『サッカーを楽しむためには人生そのものを楽しまなければいけない』など、多くのことを彼から教わったとカズさんは言います。

 それこそ20代の時は、食事や睡眠といった自己管理の重要性も今ほど考えていなかったはず。挫折を味わい苦しんだからこそ、ユーリッチ選手の言葉が心に染みたのでしょう。『生活習慣を見直し、練習にも全力で取り組むようになった。彼との出会いがなければ、今も現役を続けていたかは分からない』と話していました」

一日一日を全力で生きる。それをシンプルに繰り返すだけ

 その後も、カズのサッカー人生は順風満帆だったわけではない。クロアチアから帰国後の99年に加入した京都パープルサンガ(現京都パープルサンガFC)ではJ2降格の憂き目に遭い、2000年に「ゼロ円提示」を受ける。「ゼロ円提示」とは「契約しても給料は出せない」ということ。実質的な戦力外通告だ。

 「30歳を過ぎたベテランが『ゼロ円提示』を受けたのですから、不安を抱えてプレーしていたと思います。生きのいい若手が台頭する中、何度か代表に招集されつつも02年のワールドカップ出場もかなわなかった。目標を見失った時期もあると想像しますし、30年以上のサッカー人生のうち、栄光と呼べる期間は10年ほどのはず。挫折の方が圧倒的に多かったからこそ、一喜一憂せず今やるべきことをやるしかないと自身に言い聞かせ、『一日一日を全力で生きる。ただそれを繰り返すだけ』という、シンプルな信念にたどり着いたのではないかとも思うのです」

 「明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ」。平昌五輪スピードスケート500m金メダリストの小平奈緒選手は、インド独立の父、マハトマ・ガンジーの言葉を好む。「カズさんの信念もその感覚に近いのでしょう」と岩本さんは話す。

失敗を恐れて挑戦しないのは自分の生き方じゃない

 12年、カズはフットサルにチャレンジし、日本代表選手として初のワールドカップ出場を果たす。当初はフットサルの世界でプレーをするのに悩み、全国リーグのFリーグからの誘いもたびたび断ってきた。しかし、「失敗を恐れて挑戦しないのは自分の生き方ではない」と考え直し、「日本のフットサル界を盛り上げる手助けになるならそれでいいし、フットサルから何か学び取ろう」という意識で飛び込んだという。

 カズの存在のおかげでメディアが大きく取り上げ、結果的にフットサルの普及につながった。岩本さんには、「足裏でボールを止めると、前後左右のどの方向にでもスムーズにボールを動かせ、相手をかわしやすい。フットサル流のボールの扱い方は、サッカーのプレーでも大いに生きる」と話していた。

 冒険を恐れず、その緊張感を受け入れ、日々を大切に生きることこそ成長につながる。環境や時代が変わっても、ポリシーが変わらないのがカズだと岩本さんは話す。

年下選手をリスペクトし、貪欲に学ぼうとする

カズ自身が持つJリーグ最年長得点記録は50歳と14日。世界最年長ゴールでもあり、ギネス記録に認定された。カズの目標は記録を塗り替えるだけでなく、もう一度J1でプレーすることだという(写真:スタジオアウパ/今井秀幸)
カズ自身が持つJリーグ最年長得点記録は50歳と14日。世界最年長ゴールでもあり、ギネス記録に認定された。カズの目標は記録を塗り替えるだけでなく、もう一度J1でプレーすることだという(写真:スタジオアウパ/今井秀幸)

 最年長プレーヤーになると、必然的に周りは全員年下になる。チームワークが重要視される中で、カズはどのような存在なのか。

 「カズさんは生きる伝説ですが、若手にも私たちメディアにも決して偉ぶる様子はなく、フラットに接してくれます。グアム合宿では、カズさんの練習に若手選手がついてこられないシーンを何度も見ました。普段の練習でも2時間前にはクラブハウスに来て準備をし、終わった後も数時間かけて体をケアしてから帰る。そんなカズさんの練習に全力を注ぐ姿やプロとしての姿勢を、リスペクトしている若手は多いはずです。だからこそ、カズさんがゴールを決めれば、後輩たちは自分のことのように喜ぶのでしょう」。

 カズ自身も、「ベテランだからといって、他の選手に説教じみて話すのは僕の生き方ではない」と話している。ライバルであり、チームメートである後輩たちと自然体で接することで、いい距離感を築けているのかもしれない。

 11年からスタートした食事会「カズ会」でも、後輩たちとの関係性が垣間見られる。カズ会とは、長谷部誠選手や長友佑都選手、香川真司選手など、主に欧州でプレーする日本人選手と交流する時間。ラフな服装で参加する後輩たちを、1人フォーマルな格好で出迎え、先輩面することなく敬語で話す。「それは、海外で活躍する年下の彼らをリスペクトしていることにほかならず、逆に質問して、彼らから何か学ぼうという意識が強いのだと思います」と岩本さんは語る。

若さという武器がなくなった分、情熱はさらに濃くなる

 30代よりも40代以降のカズの方が、インタビューしていて肩の力が抜け、焦りを感じなくなったという印象を受けると岩本さん。「若さという武器はなくなったけど、やるべきことが明確になり、サッカーにかける情熱はさらに濃くなった気がする」というカズの言葉から、数えきれないほどの悲喜に直面し、痛みも伴ったからこそ欲や不安が少なくなり、自分のやるべきことが絞られてきたのだろうという。合宿には専属のトレーナーや栄養士を帯同させ、体のケアも年々ストイックになってきた。

 セカンドキャリアを見据えながら、目標から逆算して今やるべきことを見いだす選手もいる中、カズはその対極にいる。「俺はサッカー選手しかやったことがないから」と、サッカー選手以外の姿を考えていない。今この一瞬を全力でサッカーに打ち込むだけという考えの先に、どんな成長や未来が待っているのかは誰も分からない。だが、日本のサッカー選手の先駆けとして様々な扉を開いてきた彼だからこそ、まだ見ぬ自身の可能性を楽しんでいるようにも思える。

 「何歳まで続けたいなどとカズさんは考えていません。しかし、J2といえどもプロとしてプレーできているという現実を自信にし、体が動くと感じられているうちは、続けると思います」

 「元サッカー選手ではなく、サッカー選手として人生を全うしたい」。カズは笑いながら岩本さんにそう話したという。彼が現役を続ける理由そのものなのだろう。

 カズ自身が持つJリーグ最年長得点記録は50歳と14日。世界最年長ゴールでもあり、ギネス記録に認定された。カズの目標は記録を塗り替えるだけでなく、もう一度J1でプレーすることだという。

岩本 義弘(いわもと・よしひろ)

TSUBASA代表。サッカー専門出版社であるフロムワンの代表取締役兼「サッカーキング」統括編集長を経て現職。漫画『キャプテン翼』のライツ事業や、スポーツコンサルタント&ジャーナリストとしてYahoo!JAPAN「みんなの2020」などに参画。日本で一番、サッカー選手にインタビューをしていると自負する。

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