前編から読む)

地理人・今和泉隆行(以下今和泉):マップルって実に様々な種類の地図が出てますよね。「用途や志向にあわせたベストな地図の選び方!」を勝手に作ろうかと思ったこともありました。

昭文社・和田史子さん(広報担当、以下和田):ありがとうございます(笑)。

今和泉:色々紹介したいんですが…例えば、首都圏全体を広くかつ詳細に把握するには、『スーパーマップル 広域首都圏 道路地図』がオススメです。道路地図は、都道府県別に冊子が分かれていることが多いですが、これは圏央道・国道16号の内側が1冊にまとまっています。首都圏郊外の車移動だと、県境を跨ぐことは多々あると思います。

『スーパーマップル 広域首都圏 道路地図』目次
『スーパーマップル 広域首都圏 道路地図』目次
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和田:これは確かに人気の一冊です。

ナビ画面の「その先」を一覧できる

編集部・山中(以下山中):この縮尺は、カーナビでかけない痒いところをガリガリひっかいてくれる感じですね。いま通っている道の先を広く見渡して、ガソリンスタンドがあるのかファミレスがあるのかコンビニがあるのか、探しやすい。

今和泉:車に積んでおくと間違いないです。前編でお話にでた、言語化されない目的地を広範囲で探す「なんとなく検索」にも向いています。地図を眺めて「この先にホームセンターがあるんだ、だったら行くわ」という用事も思い出すことがあるでしょう。この「1万5000分の1」の縮尺は、詳細地図のぎりぎりの縮尺です。

山中:詳細地図、といいますと…

昭文社・吉田州禎さん(ブランドコミュニケーション本部出版制作部地図編集課所属、以下吉田):細かい道路や全てのバス停、コンビニをカバーできる縮尺です。これ以上引きになると、細かい道路が見えなくなります。

『スーパーマップル 広域首都圏 道路地図』縮尺は1万5000分の1。細かい道路、バス停がすべて載せられるぎりぎりのサイズ。
『スーパーマップル 広域首都圏 道路地図』縮尺は1万5000分の1。細かい道路、バス停がすべて載せられるぎりぎりのサイズ。
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『街の達人 全東京 便利情報地図』こちらは1万分の1の「詳細地図」。情報量は多いが基本的に徒歩用。移動速度が速いクルマだとすぐにページから出てしまう。
『街の達人 全東京 便利情報地図』こちらは1万分の1の「詳細地図」。情報量は多いが基本的に徒歩用。移動速度が速いクルマだとすぐにページから出てしまう。
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山中:ああ、そういうことですか。まだネット地図がない頃は、すべての情報が欲しくって、1万分の1の地図を揃えたことがあったんですけど、本棚で場所をとるし、クルマで移動すると見開きの範囲が狭くて、移動スピードについていけないんですよね。

和田:1万分の1の地図は、歩きで使われることを想定しています。この縮尺の『街の達人』は、地下鉄の駅とか窓口に行くと置いてあって、道案内するときに必ずこれが出てきますよ。

今和泉:見やすさなら確かに1万分の1はいいですね。1万5000分の1はちょっと目を凝らさないと見えてこないんです。でもその分、一覧性に長けています。そしてこの縮尺は、多くの地図会社が挑んでこないところなので、情報として貴重でもあります。

吉田:一覧性という紙の強みを、クルマで使われる際に存分に活かせると自負しています。

地理人、地図の「フォント愛」を聞く

今和泉:地図に使われるフォントの変化にも大変興味を持って追っています。

山中:…今和泉さん、そんなことまで追いかけているんですか。

今和泉:特に、「ゴシック体」から「フォーク」というファンシーなフォントに行った経緯を教えていただきたく…。

近年のマップルのフォント変化
近年のマップルのフォント変化
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昭文社・市川智教さん(吉田さんと同じ部署に所属、以下市川):これまで長い間ゴシック体を使っていましたが、地図の中で一番目立ち、最初に目に入る市名や町名を、よりハッキリ視認できるよう、ある程度の尖りがあるフォークを使ってみました。明朝のように横棒が細くて縦棒が太いので、画数が多い漢字はハッキリ見えます。ただ、実は最近「丸ゴシック」に変えています。

今和泉:そう! それは昨年衝撃が走った事件でした。

山中:事件って。

今和泉:『県別マップル』で初登場だったと思いますが、まさかの丸ゴシックが来るとは…。フォークが使われ始めた頃はまだ違和感があって、やっと慣れてきた頃だったんですが、そこで丸ゴシックが突如登場したのは、大きなインパクトがありました。

市川:地図にもう少し、ぱっと見たときに柔らかい印象を出したいということで、丸ゴシックになりました。あとで紹介する『ハンディマップル 東京 詳細便利地図』は「カクミン」を使っていますが、実験的にイメージを変えてみようということでやってみました(※カクミンの特徴については、モリサワのホームページの解説をどうぞ。こちらから)。

山中:なるほど…確かに、見比べてみると、地図から受けるイメージって、フォントにかなり引っ張られるんですね。丸ゴシックだと、ビジネス用っぽい印象がずいぶん薄れます。

色使いにも変化と工夫が

今和泉:色使いについても教えて下さい。『県別マップル』シリーズは、さきほどのフォントの変化も早く、色合いが少しずつ明るくビビッドになっているのに対して、『スーパーマップル』のほうは比較的変化が少なく、ベーシックなデザインですが、この理由はどういったところでしょうか。個人的には『スーパーマップル』はトラックドライバーの定番、という印象がありますが。

山中:どんどんマニアックになっていくなあ…。

<b>左</b>:『県別マップル 東京都 道路地図』「まさかの丸ゴシック」フォント、色使いも優しく、“初心者”がとっつきやすそうだ<br /><b>右</b>:『スーパーマップル 広域首都圏 道路地図』色も文字もメリハリが利いて読みやすい。定番の安定感。
:『県別マップル 東京都 道路地図』「まさかの丸ゴシック」フォント、色使いも優しく、“初心者”がとっつきやすそうだ
:『スーパーマップル 広域首都圏 道路地図』色も文字もメリハリが利いて読みやすい。定番の安定感。
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市川:『スーパーマップル』は、長いこと使われている方が多く、そういう方によく買い換えていただいています。そのため、今までのイメージ感を大きく変えたくないので、変化はマイルドです。『県別マップル』ですが、こちらは老若男女、色んな人に使ってもらいたいので、以前と同じ形を守るのではなく、より柔らかい形にしたいと思っています。それで色合いやフォントの刷新をしています。

立体交差の道路に「影」?!

今和泉:現行の『街の達人』の前身、『シティマップル』は、私が最も傾倒した地図でした。こうした色合いの工夫における当時の最先端で、立体の建物イメージや、トンネルの進入口や立体交差に影がついていたりと、誰も気づかないような視覚的な工夫をしていたところにグッと来ていました。

山中:グッと来たんですか。たしかに誰も気付かなそうです。

吉田:進入口、立体交差の影、あー! やりました。

『シティマップル 全東道路地図』(2001年発売)お台場のフジテレビ本社などが立体で描かれている。中央を走る紫色の首都高湾岸線に注目。一般道(黄色)と立体交差する箇所に、影が落ちている…。
『シティマップル 全東道路地図』(2001年発売)お台場のフジテレビ本社などが立体で描かれている。中央を走る紫色の首都高湾岸線に注目。一般道(黄色)と立体交差する箇所に、影が落ちている…。
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今和泉:高校生の当時、首都圏全都県分を買うのに数千円の散財はかなり痛手だったのを今でも覚えていますが、それでも揃えたものが、今でも貴重な資料になっています。

 それからこのシリーズは『街の達人』になり、影はなくなり、ハッキリした色使いになり。年齢層が高い人にも見えるよう、太い文字と濃い色使いで視認性は上がりました。そしてフォントの刷新、フォークを使ったのも早かったわけですね。つまり『街の達人』は、昭文社のデザインの実験台的な役割も負っているのでしょうか。

市川:そうですね。新しいデザインや表現を試す際には、シリーズを丸ごとフォントや仕様(デザイン)を変えて、反応を見ながら、必要に応じて他のシリーズに反映させています。

ポケットサイズの地図の進化

山中:そしてポケットサイズの都市地図ですね。思えば、スマホが登場するまでの間は、この手の地図に大変お世話になりました。しかし本の装丁も、中のデザインも、いつのまにかどんどん変わっていたのですね。

ビジネスパーソンのポケットやカバンに収まる文庫サイズの地図(古い順に、左から『文庫判 東京 都市図』、『文庫地図 東京』、『ハンディマップル 東京 詳細便利地図』)
ビジネスパーソンのポケットやカバンに収まる文庫サイズの地図(古い順に、左から『文庫判 東京 都市図』、『文庫地図 東京』、『ハンディマップル 東京 詳細便利地図』)
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今和泉:この3つの変化は興味深いですね。一番左の『文庫判 東京 都市図』は装丁がいかにもビジネス向けだったのが、真ん中の文庫地図では女性向けの雰囲気を漂わせるデザインになりました。地図も、『文庫版…』は道路のフチが薄いグレーだったのが、その次ではより黒く濃く描かれています。

市川:おっしゃるとおりで、『文庫地図』へのリニューアルでは、柔らかいイメージで作りました。街中で地図を見るとき「いかにも地図を見てる」感じが出ないよう、読み物に見えるような少々オシャレな装丁にしました。このとき地図デザインもカラフルに、メリハリをつけました。

情報を「編集」、ハードウエアとしても強化

今和泉:そして今回の最新版『ハンディマップル 東京 詳細便利地図』では、原点回帰というか、地図らしい地図になっていますね。カラフルになった一方で、道路のフチの色もまた淡くなっていますが…

市川:やはり紙の地図を見て頂いている見るのは上の世代が多いので、再びそういう方にも見ていただけるような、「地図らしい地図」になりました。持ち歩きやすいように紙を軽くしつつ、耐久性を持たせたり、“ハードウェア”としても工夫しています。肝心の地図ですが、まず、目標物(主要な施設)の文字がハッキリ見えるようにするため、道路の色、背景の色を落としました。

吉田:また、これまでの地図は目標物(主要な施設)から鉄道・道路等の交通情報まで網羅的に、できるだけたくさん載せていました。このため、特に東京都心部はビルが多く、ビル名やマンション名を入れるだけでかなりの文字量になり、見にくい面もありました。

 この点を解消すべく、情報を取捨選択して見やすくしたのが今回の『ハンディマップル 東京 詳細便利地図』になります。

『ハンディマップル 東京 詳細便利地図』(右)と、文字を大きく読みやすくした『でっか字』版(左)
『ハンディマップル 東京 詳細便利地図』(右)と、文字を大きく読みやすくした『でっか字』版(左)

今和泉:どういう情報を重要と判断されて、どういう情報を削ったんでしょうか。

市川::例えば、市役所などの公共施設に毎日行く人はそれほどいませんよね。一方、スーパーやコンビニは日々の生活に必要で、多くの人が使います。それと同時に、こうした商業施設や量販店は、主要道路沿いでも目立っていて、すぐ目に入ります。

 東京23区といっても、ずっと商店街が拡がっているわけでもなく、郊外に行けば大型施設や駅のない地域もあります。そうしたエリアで目標物になるものとしても、スーパーの重要性は高い。その一方で、道を通っていてもなかなか、マンション名やビル名は見えません。こうした情報はなるべく削りました。こうした情報の強弱は、うちでも初めての試みとしてやってみました。

左から、『文庫判 東京 都市図』(2009年発売)、『文庫地図 東京』(2015年発売) 、そして今年発売の『ハンディマップル 東京 詳細便利地図』。最新版ではマンション名の表記が減っている一方、スーパーの名称(「イトーヨーカ堂」「ライフ」など)が目立つ表記になっている
左から、『文庫判 東京 都市図』(2009年発売)、『文庫地図 東京』(2015年発売) 、そして今年発売の『ハンディマップル 東京 詳細便利地図』。最新版ではマンション名の表記が減っている一方、スーパーの名称(「イトーヨーカ堂」「ライフ」など)が目立つ表記になっている
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地図の一覧性と、検索性を、フォントと色で実現

和田:従来は商業施設とか医療機関などを、建物の塗り色で区別していましたが、今回はそれだけでなく、文字の色も、同じ系統のものを同じ色に揃えました。そのレイヤーにフォーカスするとピッとそこだけ目に入ってくるという仕掛けです。

山中:ああ、それでか。ひとつスーパーを見つけると、すぐに「ほかのスーパー」が目に入ると思っていたんですが。

和田:赤が商業施設、緑が病院です。

山中:見ようと意識しなくても、一瞬ふっとそのレイヤーに視線を合わせると、ダダッと他の同じ種類の施設が見えてくるという。人間の目(というか、脳)は、同じ種類のものを探すようになっているんだなと実感しました。うまくできてます。

今和泉:それだけじゃありませんよ。区名や町名、通りの名前も、じっくり見るとやや極端なほど、レイヤー別にフォントが変えられていますよね。

市川:そこは意図的に、極端にしました。ネットの地図だと、目標物の情報は拡大率によってランダムに、目立たない字で出てきますが、これは先述の優先順位で編集した上に、文字色の違いで分類しました。

山中:前編で出てきた、紙の地図の持つ「一覧性」と、ネット地図の「検索性」を、デザインと編集の力で両立しようとしているわけですね。

今和泉:これまで商業施設には格段に強かったマップルですが、パッと見、病院も目立つようになりました。これは大きな変化かなと思います。あと、『街の達人』は、商業施設を、店舗ロゴのアイコンで入れていますが、こちらの『ハンディマップル 詳細便利地図』シリーズでは、赤い文字で統一したんですね。ロゴは何故採用されなかったのでしょうか。

山中:さすが、細かい…。

市川:『街の達人』は最もロゴのバリエーションが豊富です。街の達人に限らず、最近の地図作りはロゴマークで対応していますが、店舗ブランドが多すぎることと、合併による統廃合が多いことで覚えにくいという面もあります。店名やロゴより「スーパー(商業施設)であること」を伝えるべく、書式を統一しました。いずれ他の地図もそうなるかも知れません。ただ、コンビニやファーストフード店は、認知度が高く、店舗数が多いため文字だと場所をとることもあり、こちらはロゴで表現するのが良いだろうと判断しました。

今和泉:こちらの反響や売れ行きはいかがですか?

和田:『ハンディマップル』シリーズは「見やすい」「使いやすい」というお声をいただいております。特に手帳サイズながら見やすい縮尺の『ハンディマップル でっか字東京 詳細便利地図』の売れ行きは当社類似商品の前年比50%増と大変ご好評いただいています。「見ていて楽しい」という嬉しい感想もありました。

向かって左から、市川さん、今和泉さん、吉田さん
向かって左から、市川さん、今和泉さん、吉田さん

 さまざまな紙の都市地図と、その背景の工夫をお届けしました。

 見慣れない人にとっては、紙の地図は少々煩雑で、文字も色も詰め込まれた情報の氾濫のようにも見えるでしょう。しかし、紙の地図は世間のあらゆる人の動きやニーズに応えるべく、いわば都市の全体像を描いた絵として、見る者には目的地(点)以上の情報を与えてくれます。

 さて、紙地図VSネット地図、のような構図でお届けしましたが、案外そうも言い切れない面もあります。紙地図に携わっていた地図会社(アルプス社)でも、編集とデザインの舞台がYahoo!地図に移り、ネット地図になった今でも紙地図の編集力を継承している例もあります。今でも進化を重ねる昭文社の編集・デザインは、紙地図の活路を開拓するとともに、紙地図にとどまらない新たな地図の形を開拓する可能性もありそうです。今後の展開が楽しみです。

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