飾らない人柄と人間味ある演技が魅力的な女優の柴田理恵さん。彼女のトレードマークともいえる、大きく口を開けて明るく笑う姿に元気をもらった人も多いでしょう。そして柴田さんは、富山(往復6時間)で独居中の母親の遠距離介護を試行錯誤しながら実践中の身でもあるのです。

 柴田さんは介護の専門家たちに“しんどくない介護のやり方”を聞いた『遠距離介護の幸せなカタチ 要介護の母を持つ私が専門家とたどり着いたみんなが笑顔になる方法』(祥伝社)を出版されました。その中には、本連載の筆者、NPO法人となりのかいご代表の川内潤さんも登場します。

 くしくも、川内さんが『わたしたちの親不孝介護 「親孝行の呪い」から自由になろう』を出版するタイミングと重なったこともあり、今回から柴田さん、川内さんの対談をお送りします。

 親の介護がうまくいくコツは、適切な距離感。

 そのためには遠距離&一人っ子の介護はむしろ望ましい状況かもしれない。

 『親不孝介護』と『遠距離介護の幸せなカタチ』の両面から考えてみたいと思います。

(進行:編集Y)

NPO法人となりのかいご代表・川内潤さん(以下、川内):柴田さんは東京でお仕事をされて、富山にお母様がお一人でいらっしゃる。『親不孝介護 距離を取るからうまくいく』をご一緒に書いた編集Yさんは、やはり東京で働いて、お母様が新潟にお一人。しかもお二人とも一人っ子なんですよね。

柴田理恵さん(以下、柴田):そうなんですね、状況がよく似ていますね。

柴田理恵(しばた・りえ)
柴田理恵(しばた・りえ)
女優。1959年、富山県に生まれる。1984年に劇団「ワハハ本舗」を旗揚げ。舞台やドラマ、映画など女優として幅広い作品に出演しながら、バラエティ番組で見せる豪快でチャーミングな喜怒哀楽ぶりや、優しさにあふれる人柄で老若男女を問わず人気を集めている。また、こうした活躍の裏で2017年に母が倒れてからは、富山に住む母を東京から介護する「遠距離介護」を開始。近年は自身の体験をメディアでも発信している。著書には、『柴田理恵のきもの好日』(平凡社)、『台風かあちゃん――いつまでもあると思うな親とカネ』(潮出版社)などのほか、絵本に『おかあさんありがとう』(ニコモ)がある。(写真:大槻純一、以下同)

ですね。でも、柴田さんのお母様はすごくしっかりしていらして、甘えっ子のうちの母とは大違いです。柴田さんご自身も私と違って、さすが、と思う肝の据わりっぷりが。

川内:そう、これまでも柴田さんの介護に関する発信や記事を拝見していましたが、「柴田さんとお母様は、自然に、勘所を押さえた適切な介護をされている」と、この本を拝読して改めて感じました。

柴田:いえいえ、「介護とはどういうものなのか」「遠距離になっても介護は可能なのか」ということさえよく分からないままに、母が介護状態に入っていっただけでして。

「自分たちはどう生きるか」を考えていた両親

やはり突然だったんですね。でも、そもそも、柴田さんのご両親は非常に自立された方々だったご様子で。

柴田:両親は元気な頃から、「自分たちはどう生きるか」というか、自分の在り方についていろいろな話をする夫婦だったので、それが良かったのかもしれません。

えっ? そんな真面目な会話を。

川内:そういったお話をされることが柴田家では当たり前だったのですか。

柴田:当たり前だったんです。

川内:介護顧問をしている企業でたくさんの個別相談を受けますが、親御さんと子どもが、「自分はこう生きられたら幸せだ」といった、それぞれの生き方とか在り様を考えているご家庭は、そう多くなくて。

柴田:そうなんですね。

でも今は、それが当たり前ではと思います。

川内:そう、だから、みんな親が介護状態になったら「どうしよう」と迷うんですよね。自分は、親は、それぞれ何が大事なのかが分からないから、どうしてあげたらいいかが分からない。その結果、子どもの自分が「リハビリの世話」や「食事の介助」「おむつ交換」といった、具体的な行動で“頑張る”ことで、「どうしていいか分からない」という不安を埋めていこうとするんです。

何かしないと不安だから、「とにかく今できることを頑張ろう」と目の前のケアを自分でやろうとする。

川内:仕事ならそれでいいかもしれません。でも、子どもが「きっとこれが母親のためになる」といろいろやってあげても、実際にはケンカになるだけなんです。

川内 潤(かわうち・じゅん)
川内 潤(かわうち・じゅん)
NPO法人「となりのかいご」代表、1980年生まれ。老人ホーム紹介事業、外資系コンサル会社、在宅・施設介護職員を経て、2008年に市民団体「となりのかいご」設立。2014年に「となりのかいご」をNPO法人化、代表理事に就任。ミッションは「家族を大切に思い一生懸命介護するからこそ虐待してしまうプロセスを断ち切る」こと。誰もが自然に家族の介護に向かうことができる社会の実現を目指し、日々奮闘中。著書に『親不孝介護 距離を取るからうまくいく』(日経BP)、『もし明日、親が倒れても仕事を辞めずにすむ方法』(ポプラ社)。

柴田:そうそう! 私も実家で、母のものを勝手に片付けたらケンカになっちゃいました。母は「これ、もういらないよね」と片付ける私に「うん、うん」と言っているんですが、次の週に帰省すると捨てたはずのものが元の場所に戻っている。

川内:柴田さんはそれを見てどう思われました?

柴田:「ああ、こういうことはやってはいけないんだな」と思いましたね。

親の人生に介入し過ぎてはいけない

川内:今日の個別相談でも同じような話がありましたが、そこで柴田さんのように「親の生活に直接手を突っ込んではいけないな」と思いとどまることができるか、「いいから私の言うことを聞いて!」となるのか、ここでその後の介護に大きな違いが出てくるんですよね。

柴田:だって、実家で暮らしているのは母ですから。私の言うことなんて全然聞かない(笑)。

私、ものを片付けるどころか、母の家の部屋をパソコンでシミュレーションして効率のいい家具の置き方を考えて、全面的に模様替えしちゃいました。

川内:やっちゃいましたね(笑)。

柴田:こちらが良くても、実際にそこで暮らす人にとっては、どこに何があるかさっぱり分からなくなっちゃうんですよね。私も同じことをして、それが分かりました。高齢者が住んでいる、一見、乱雑に見える空間は「片付けられない家」ではなくて、あの乱雑さこそがベストの状態なんですよ。

ですね。「私の頑張りで家がきれいになった」と、個人的には大満足で東京に帰ったんですが、母にとってどこに何があるか分からない部屋にしていただけ。冷や汗が出ます。

柴田:「鉛筆立てにボールペンとマジックとセロハンテープ、その近くに紙」のセットが、テレビの前、食卓、枕元にあったりしません?

川内編集Y:ある、ある(笑)。

加えて枕元には飲み薬や軟膏(なんこう)が置かれていたり。でも、住んでいる人がいいなら、それでいいんですよね。

川内:いいんです。暮らしていく中でたまたまそうなったのならば、それ「が」いいんです。寝たまま、パッと鉛筆が取れたり、軟膏があると便利なんです。それが正しい。

ただ、今の社会では、いらないものは捨ててシンプルに生きることが「良き暮らし方」とされていたりして。

柴田:断捨離、私はダメですね(笑)。片付け術の本を読むと、「文房具は1カ所にまとめて、使ったらすぐにしまう」とされていますが、いや、別にしなくていいし、ハサミが3本あってもいい。

川内:そこで暮らしている本人が一番暮らしやすいようにやっているんですから。でも、「親にどうしてあげればいいのか分からない」子どもとしては、片付けること自体にやりがいを持ったり、「親のために、自分がこれこれをやってあげた」という実感を得たい。

柴田:その思考が自分のわがままだということが、川内さんとお話しして分かりました。実家の片付けは全然しなくていい。そんなことは時間の無駄。親孝行のようですが、あれこそが親不孝で、子どもは親の好きなように住まわせてあげればいいんですよね。

楽をすることは悪いこと、という思い込み

川内:でも私たちは「楽をすること=本気でやっていないから楽」と考えがちで、楽をするのがよくないような教育を受けてきた。だから何に対しても「頑張らなくては」という気持ちを持ってしまいがちです。

私も川内さんから『親不孝介護』を教えてもらうまでは、介護で苦労することが正しさの証明、みたいな印象を持っていたかも。楽をしたら「そんなものは介護ではない」と言われそうな。

川内:実際にそういう人、いますよね。

柴田:あ、私は頑張っていないから、「介護をした」という覚えがないんですよ。実際、親の介護で苦労らしい苦労はしていないし。

さすが……。

川内:もし子どもが一生懸命に苦労して介護をすることで、親が喜ぶのならば、私はそれでいいと思います。でも、みなさんそうはならない。どうしてかと言えば、親は子どもが自分らしく生きている様子を見ることで幸せになるからです。子どもが人生を犠牲にして自分の世話をすることを見たら、つらくなるだけです。

柴田:そうですよね。私の仕事はリモートでは無理なので、東京を離れることはできません。でもうちの両親は「私たちのために仕事を辞めなくていい」「自分の人生は自分のものだから」とはっきり言ってくれたので、今のような遠距離介護のかたちになりました。

川内:そういう、お母様の気持ちのしっかりしたご様子はどういうところからきているのでしょうね。

柴田:自分のために子どもが犠牲になるのは嫌だったのではないですかね。昭和初期に生まれて、戦争を経験して、やりたかったことを諦めたりしたと思うし。特に父は母親を早くに亡くし、やむを得ず地元に帰るという自分の人生を削らないといけない経験があったので、自分の子どもにはそういう思いをさせたくなかったと思うんですよね。

川内:親との適切な距離感は、一見「親不孝では?」と見えるくらいのものだったりします。仕事を辞めずに遠距離介護を行うのもそういうふうに見られることもありがちですが。

柴田:そうですね。自分の友人で、親の介護を一生懸命にやっていて「すごい、えらいな」と思う人もいます。親の介護のために東京での仕事を辞めて田舎に帰った知人もいますね。私は舞台や芝居がやりたくて東京にいるので、それを辞めるという考えはないけれど、自分の周りを見るとそういう大変な思いをしている人もいます。

川内:ご自身は、お母様の遠距離介護に対して、後ろめたい気持ちとか、罪悪感とか、そういう感覚を抱いたことはありますか?

柴田:後ろめたさはないですよ。世間が別に何と言おうと、そこは関係ない。

「おまえは世間が死ねと言ったら、死ぬのか」

川内:世間体に縛られて、「親の面倒を側で見ないのか?」というプレッシャーで、適切な距離を取れずに自分のやりたいことを諦めたり、仕事を辞めてしまうケースは非常に多いんです。

柴田:私はあまり世間体とか気にしないんですね。それはうちの親の育て方だと思います。うちの親は「おまえは世間が死ねと言ったら、死ぬのか」というような極論を言う人たちだったから。

言いましたね!

川内:かっこいいですね。

柴田:「世の中がそう言うからそうなのか、それは違うだろ」って。若い頃に戦争を経験して、世の中が右と言えば右という時代に生きて、それが嫌だったんじゃないでしょうか。

お母様が教員をしていた当時の学校って、現代よりもずっと男社会でしたよね。

柴田:母はそれが大嫌いだったんです。職員会議で意見しても、校長や教頭、男の先生たちだけで物事を決めてしまう。マージャンや飲み会の席で勝手に話が進んでいくんですね。頭にきた母は「私も行く」と、居酒屋や雀荘について行っていました。そこで正面から自分の言いたいことを言うような人だったんです。だから、母は酒もたばこもやっていました。

川内:すごい。

柴田:父もそういう母のことが好きだった。そんな両親に育てられたので、私は自分がいいと思えば、それでいいんです。

柴田さんのご両親はどんな感じのご夫婦だったのでしょうか。

柴田: 父が1つ年上で、青年団の団長を父が、母が副団長をしていて、結婚しました。

青年団ですか。

柴田:当時はあちこちにあったようです。終戦後、「これからは自由だ」と言われても何を指針に生きていけばいいのか分からない。だから、両親は青年団でいろいろな勉強会などをしていたようです。夫婦でよく世界情勢から政治までいろいろな話をしていましたね。

「何事も自分の頭で考えてみよう」というご夫婦だった。

川内:それが柴田さんにも受け継がれているんですね。編集Yさんともよく話すのですが、世間体に従うということは思考停止の状態だと思っています。

柴田:そうですね。

川内:企業での個別の介護相談でも「ほかの人はどうしていますか」といったことをよく質問されます。ところが要介護になった人は、経験してきたことも、体力も、性格もみんな違うから、適切なやり方はみんな違う。ほかの人の介護でうまくいったやり方が通用しないのが当たり前なんです。

柴田:そうですよね。

川内:ですよね(笑)。だから、例えば『わたしたちの親不孝介護』に出てくる、爆笑問題の太田光さんのお母様とのお別れの姿。

お母様と、『バラ色の人生』を聞きながら、という。

川内:最期の時間として、素晴らしいと思います。でも、それを誰もがやるべきかというと、それは全然別の話で。

柴田:ああ、「私はこうして母親を最期まで見送りました」とどなたかが言えば、同じように介護をしようとする人もいるということですね。なるほど。

 「介護のやり方はみんな違う」というのはよく分かります。うちの親と同じ親がそんなにいるとは思えません(笑)。

(続きます)

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