コンピューターによる天気予報の精度を比較すると、1980年代末の24時間予測と昨今の72時間予測が同じ程度になっている。背景にはコンピューターの高速化、衛星などによる観測データの充実がある。それでも気象にはカオスの性質があるため、不確実性はなくならない。『ビジネス教養としての気象学』(隈健一著/日本経済新聞出版)から一部を抜粋し紹介。

予報誤差を比較する

 数値天気予報(数値予報)が始まった当初よりはるかに豊富になった観測データと、はるかに高速になったスーパーコンピューターのおかげで、天気予報の精度は飛躍的に向上しました。地球全体の気象を予測する全球モデルの予報誤差が、時代と共にどう変わってきたのかを見てみましょう(図表1)。

 1980年代後半の24時間予報の誤差は20メートル程度でしたが、最近は72時間予報の誤差が20メートル程度です。かつての24時間予報の精度と同じ精度で、72時間先を予報できています。

図表1 地球全体の気象を予測するモデルの精度(気圧が500hPaになる高さでの北半球の予報誤差<二乗平均平方根誤差:RMSE、12カ月の移動平均>)
図表1 地球全体の気象を予測するモデルの精度(気圧が500hPaになる高さでの北半球の予報誤差<二乗平均平方根誤差:RMSE、12カ月の移動平均>)
(出所)気象庁ホームページより https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/whitep/1-3-9.html
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 予測精度の向上の理由には、格子(数値計算のために用いる箱)が細かくなってきたことに加え、物理過程の計算手法の改良、観測データを同化する手法の改良などがあります。単にコンピューターが高速化しただけではなく、多岐にわたるプログラム開発と、膨大な予報実験の成果でもあります。

 忘れてはならないのは、観測技術が発展し、宇宙からの気象観測である衛星観測により、陸上のみならず、海上についても観測データが得られるようになったことです。数値予報の原理からも分かるように、初期条件として世界の気象をコンピューター上に精度良く再現することは、数値予報の精度向上にきわめて重要です。

 ある観測データのインパクトを客観的に示すためには、その観測データを使った数値予報と使わない数値予報を比較します。これを「観測システム実験:OSE」と呼びます。観測データの価値を知る上で非常に重要な数値実験です。一方、時代と共に発展してきた観測データの影響を調べるためには、「再解析」と呼ばれるプロダクトを利用することで、総合的な評価が可能になります。

 再解析とは、今まで述べてきた数値予報の処理と全く同じことを、過去の観測データを用いて実施する手法です。

 数値予報モデルやデータ同化手法は同一のものを用い、過去の観測データを入力することで最新の数値予報システムによる高精度の解析ができます。この解析値を初期条件として予報実験を行うことで、さまざまな時代の観測データによる数値予報精度への影響を調べることができます。

 同じ数値予報モデルとデータ同化システムを使って比較するので、数値予報精度の違いは、用いている観測データの違いが反映されていると考えることができます。

 図表2は北半球の中高緯度における48時間予報誤差を、気象庁の長期再解析の第1版と第2版、および気象庁の現業の数値予報の結果で比較したものです。まず灰色の実線が日々の天気予報に用いられた現業の数値予報の誤差です。時代と共に誤差が小さく(精度が向上)なっていますが、これは観測データの発展だけでなく、数値予報モデルやデータ同化手法の改良の効果も含んでいます。

図表2 北半球の中高緯度の気圧が500hPaとなる高さにおける2日予報の高度誤差
図表2 北半球の中高緯度の気圧が500hPaとなる高さにおける2日予報の高度誤差
(注)横軸は西暦年、実線が天気予報に用いられた数値予報結果、点線は気象庁の長期再解析第1版(JRA-25)赤線は第2版(JRA-55)
(出所)平成26年度季節予報研修テキスト 気象庁より(一部改変)
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 再解析の結果を1990年代で比べると、誤差は天気予報で使った数値予報の結果よりも小さくなっています。これは、再解析に用いた数値予報のプログラムが天気予報で使っていた当時のプログラムより新しく改良されているからです。再解析については、第2版のほうが第1版よりも新しい数値予報のプログラムを使っているので誤差が小さいことが分かります。そして、誤差はどちらも時代と共に緩やかに縮小しています。

 この誤差の縮小は主に観測データの発展が原因と考えられます。1980年代以前は、ラジオゾンデ(気球を使った気象観測計)の観測が増えていった時期、1980年代以降は衛星観測や民間航空機の観測等が拡大した時期で、こうした観測データの拡大が誤差の縮小につながっていると考えられます。

 このように数値予報の精度は時代と共に向上してきましたが、ボールを投げてどこに落ちるか、という予測に比べると、まだまだ確実ではありません。ボール投げと気象予測との根本的な差として、後者は非線形と呼ばれる効果が予測方程式に入っていることがあります。非線形によってわずかな差が時間と共に大きく拡大します。

気象にはカオスの性質がある

 バタフライエフェクト(チョウの羽ばたき効果)という言葉を聞いたことがあるかと思います。ビヤークネスもリチャードソンも思いつかなかった、天気予報の大きな課題を世に初めて示したのは、1963年のローレンツの論文でした。ローレンツはコンピューターで予測計算を行っている最中にコーヒーの休憩を取り、メモを取った計算の結果から計算を再開したところ、わずかな差が大きな差になっていることに気づきました。これが「カオス」の発見につながったのです。

 1972年、ローレンツは米国の科学振興協会で「ブラジルでのチョウの羽ばたきはテキサスでトルネードを引き起こすか」という講演を行い、「バタフライエフェクト」という言葉が世の中に広がるきっかけとなりました。

 バタフライエフェクトは天気予報の敵(かたき)のようなものです。特に数日以上先の天気予報については、ボール投げの予測のように「必ずこうなります」とはなりません。気象現象には、わずかな初期値の違いが大きな違いに成長していくカオスの性質が存在します。カオスの課題に向き合うため、確率論的な予測が導入されるようになりました。確率論的な予測技術のツールの一つに、多数の予測を基に統計的な処理をするアンサンブル予報という手法があります(図表3)。

図表3 アンサンブル予報の概念図
図表3 アンサンブル予報の概念図
(出所)令和4年度数値予報解説資料集 気象庁より(一部改変)
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 気象現象のカオスの性質を踏まえ、わずかな違いを持つ多数の初期値を基にそれぞれ予測計算をします。わずかな差は、時間が経過すると大きな差に成長します。この多数の予測結果をひと束にして統計処理を行い、平均値を取ったものがアンサンブル平均です。

 個々の予測結果よりも、アンサンブル平均のほうが統計的な誤差は小さくなります。平均だけでなく、個々の予測結果のばらつき具合も重要な情報であり、今日の予報はどれくらいの信頼度があるのかという目安になります。このばらつき具合の情報は、台風予報の予報円の大きさに反映されるようになりました。台風予報の中で、最悪の場合どんなことが起きうるのか、というような目的にも使えます。

天気予報の精度は飛躍的に向上している(写真:alexdndz/stock.adobe.com)
天気予報の精度は飛躍的に向上している(写真:alexdndz/stock.adobe.com)
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日経BOOKプラス 2023年10月2日付の記事を転載]

『ビジネス教養としての気象学』
そもそも天気予報はどのように行われるのか? 様々な気象データはビジネスにどう活用できるか? 地球温暖化の「適応策」のカギは? 元・気象研究所所長が、ビジネスパーソンに向けて現代の気象学、気象予測の最前線を講義する。

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