家具・日用品販売大手のニトリホールディングスは2022年9月30日、「2023年4月までに米国事業から撤退する」と発表しました。
現地の大手小売りチェーンや米アマゾン・ドット・コムなどのインターネット通販などとの競争が激しく、事業の継続は困難と判断したことが理由とのことです。撤退を発表した直後、オンタリオミルズ店とタスティン店では、全商品を20%オフとする閉店セールを開始しました。
18~19年の初めにかけ4店が一気に閉店
ニトリが米国法人ニトリUSA(Nitori USA,Inc.)を設立したのは12年。翌13年10月にはロサンゼルス郊外でオレンジ郡(カウンティ)のタスティン市とフルトン市に、ニトリ創業者である似鳥昭雄氏(代表取締役会長)の名前から取った「アキホーム(Aki-Home)」をそれぞれオープンしました。
タスティン市の「ディストリクト・アット・タスティン・レガシーSC(District at Tustin Legacy SC)」のアキホームは広さが約3万平方フィート(約840坪)。フルトン市の「アメリッジ・ハイツ・タウンセンターSC(Amerige Heighs Town Center SC)」のアキホーム・フルトン店は、約2万平方フィート(約560坪)でした。
この2店を皮切りに、「米国内で1000店舗の展開を目指す」として、14年4月には日本人も多く住むトーレンス地区に約2万平方フィート(約560坪)の3号店をオープンしました。同じ年、アキホームはフォンタナ地区やチノ地区にも新店をオープンし、ロサンゼルス郊外で合計5店舗を展開していたのです。
それから4年後である18年5月にはロサンゼルス市のダウンタウンから東に65キロメートルにあるオンタリオミルズに、これまでで最大となる約5万平方フィート(約1400坪)のアキホームもオープンさせました。
こうしてアキホームは合計6店舗となりましたが、18~19年の初めにかけてトーレンス店、フルトン店、チノ店、フォンタナ店の4店が一気にスクラップ(閉店)に。閉店理由は発表されていませんが、当時の状況から判断すると、いずれも採算が取れない状態で、相当な赤字が出ていたと思われます。
オンタリオミルズ店はその後も営業をしていましたが、今から1年ほど前に店名をアキホームからニトリに変更(タスティン店の店名はそのまま)。ファサード(店舗の正面)には、緑地にカタカナ書きの「ニトリ」、そして「NITORI Furniture Decor&More」という文字が書かれたサインボードを掲げ、日本のニトリ店舗のイメージをほうふつとさせていました。
しかし、こうしたテコ入れをしても客数は増えず、ライバルとの競争は激しさを増すばかり。そして今回、ついに米国事業の継続は不可能という判断が下ったわけです。
家具を買うならイケアが便利
筆者はアキホームの1号店オープン時から、その動向をフォローしていますが、今になって「競争の激しさを理由に撤退を決めた」ことには首をかしげざる得ません。米国市場が世界で一番競争が激しいことは、進出する前から分かりきっていたことだからです。
正直に言いますと、筆者が最初にアキホームを視察して抱いた感想は、「ダメだ! こりゃあ」でした。
しかし13年10月23日に「ライブドア・ブログ」に書いたブログでは、(流通関係者も多い)読者の気持ちに配慮し、「挑戦している日本企業に対して厳しいことを言って申し訳ありません。似鳥昭雄さん、ごめんなさい。近いうちにまた視察したいと思います」などと、かなりオブラートに包んだ表現にしていました。
以下、当時のブログの骨子を再録すると、
「アキホームのポジショニングが不明瞭。家具やインテリア、キッチン用品を買いにこの店に来る必要はあるのだろうか?」
「西に10分程度のところには(広さ)9000坪以上の『イケア』がある。家具やインテリアを買う場合、品ぞろえが圧倒的なイケアを選ぶだろう。家具を買うなら家族で行くので、店で食事ができて、小さい子供を預かってもらえるイケアが便利。リネンやカーテンなら、コーディネートも楽しめるベッドバス&ビヨンドだろう。両社ともスタイル・ブランド力は抜群だから」
そして、結論は次のようなものでした。
「アキホームは競合店に対して、どう差別化するのか、見えにくい。米国人も日本製品は好きだが、『アフォーダブル(手ごろな)・プライス』で、競合店より集客できるとは思えない。一方で低価格を武器にすると、客層が悪くなる。返品も予想以上に増える。日本人の多くは米国人の返品を甘く見積もっている。『誰が顧客になるのか』を考えても、ニッチな層しか思い浮かばない」
著名経営者が「ワンマン」になってしまう理由
こう書いた後も、視察だけでなくプライベートでも何回か訪問しましたが、店舗のフォーマットなどが全く変化しないため、次第に足が遠きました(店名の表記を変えるなどの“小手先の改革”は色々とやっていましたが)。
ニトリは毎年、少なくない数の社員を渡米させており、米国小売りチェーンの実態を熱心に研究しているイメージがありました。しかし、そうした研究を経て進出したはずのアキホームの実態を見ると、「彼らは一体米国で何を見て、何を学んだのだろう」という素朴な疑問が湧いてきます。
日本の新聞や雑誌、ネットでは、似鳥氏を名経営者であるとする記事が少なくありません。しかし、少なくとも今回の米国撤退という事実を踏まえると、似鳥氏を褒めそやしていた人たちは、「米国のアキホームを見たことがないのだろう」、「米国流通の実態に詳しくないのだろう」と思ってしまいます。
確かに、日本から米国に進出してくる企業の多くは、「日本では大成功している」のでしょう。だから、そのトップは日本のメディアに「カリスマ」「名経営者」などと評価され、「米国市場でも成功できるだろう」と考えてしまう。
米国と違い、日本のメディアが著名な経営者にインタビューする際には、相手の弱点や改善すべき点を突くことより、その企業の良いところを中心に話を展開することが多い気がします。相手を持ち上げて、より多くの話を引き出そうとする。
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