日経トレンディ2021年12月号は、1年の「ヒット現象」を総特集。その中の「大研究!シティポップ×レコード再ブームの理由」特集で、菊池桃子さんにインタビューを実施した。20年、サードアルバム『ADVENTURE』(1986年)とラ・ムー(菊池さんがボーカルを務めたバンド)名義のアルバム『Thanks Giving』(88年)のレコードが再発売になった。2021年9月にはシティポップブームの火付け役の1人であるNight Tempoによるリエディット楽曲の配信が開始。シティポップが世界的なブームとなる中、菊池さんの1980年代の楽曲が世界で再評価されている。この現象を本人はどう捉えているのだろうか。

2021年7月からは、全曲をサブスクリプションサービスで配信し、今、世界中の音楽ファンに楽曲を評価されています。この状況をどのように見ていますか。

菊池桃子さん(以下、菊池さん):まず、当時の音楽制作陣が力強いということは確かです。私は1984年にアイドルとして出発しましたが、当時所属していた事務所は、杉山清貴さん(杉山清貴&オメガトライブおよびソロとして活動)や、カルロス・トシキさん(86オメガトライブなどで活動)といったニューミュージックの方が中心で、アイドル活動をしているメンバーはいなかったんですね。

 社長を務めるプロデューサーの藤田(浩一)さんもミュージシャンだったので、「アイドルの曲として買った若者が、大人になってもしまわずに時々聴くような音楽をつくる」と、一貫しておっしゃっていたんですね。その藤田さんと、作曲家の林(哲司)先生が見事なタッグを組んで、曲づくりをしてくださっていました。

 私のデビュー曲は「青春のいじわる」という曲ですが、当時はまだ16歳。高校1年生の女の子がアイドルとして歌うデビュー曲としては「地味め」という評価をいただいたんです(笑)。曲がマイナーコードを使っているということもありますし、サビに特段キャッチーな、跳ねたメロディーがあるわけでもない。歌うときの衣装も、当時のアイドル然としたひらひらした輝きはなかったです。ただ、「聴いてくださる若者は、この違いがいいという認識を持ってくれるはずだ」ということを、チームが信じていて(笑)、それが印象に残っています。

<span class="fontBold">菊池桃子(きくち・ももこ)さん</span><br />1968年5月4日、東京都出身。1984年に歌手デビュー。85年発売のシングル「卒業-GRADUATION-」がヒットチャート1位を記録する。女優・歌手活動のほか、CM・ラジオ・講演など多方面で活躍。2012年3月、法政大学大学院政策創造専攻修士課程修了。母校である戸板女子短期大学の客員教授としてキャリア形成論などの講義を担当。また、メンタルケアカウンセラーの資格を保持している。「人生の楽園」(テレビ朝日系)、「菊池桃子のライオンミュージックサタデー」(文化放送)にレギュラー出演、公式YouTubeチャンネル「<a href="https://www.youtube.com/channel/UCVFA5ST8sWScivrWMImsL4A" target="_blank">菊池桃子のYouTubeラジオ『今日もお疲れさまです。』</a>」配信中
菊池桃子(きくち・ももこ)さん
1968年5月4日、東京都出身。1984年に歌手デビュー。85年発売のシングル「卒業-GRADUATION-」がヒットチャート1位を記録する。女優・歌手活動のほか、CM・ラジオ・講演など多方面で活躍。2012年3月、法政大学大学院政策創造専攻修士課程修了。母校である戸板女子短期大学の客員教授としてキャリア形成論などの講義を担当。また、メンタルケアカウンセラーの資格を保持している。「人生の楽園」(テレビ朝日系)、「菊池桃子のライオンミュージックサタデー」(文化放送)にレギュラー出演、公式YouTubeチャンネル「菊池桃子のYouTubeラジオ『今日もお疲れさまです。』」配信中

「もっとアイドルらしい曲がいい」などと思ったことは。

菊池さん:私は5歳でピアノを始めたんですけれど、その時からメジャーコードよりもマイナーコードが好きな子供で、ちょっと愁いのある曲に今でいう“エモーショナル”を感じて、よく練習したんですね(笑)。とことん明るい曲はなんだか胸に来ないなって思っていました。大人になってからは、両方のテイストの曲があったほうがいいじゃないかと思うようになったのですが。だから、大人の世界観をつくってくれる制作スタッフは大好きでした。

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アルバムのジャケットにはほとんど顔が見えないデザインもあります。

菊池さん:最初の『OCEAN SIDE』というアルバムのジャケットは、私が海に浮かんでいるんですね。写真集の撮影をしていたときにプロデューサーが思いついたようで、紙に漫画のように絵を描いて「このポーズできる?」と聞かれました。幼いころにスイミングを習っていたので、ちょっとやってみますと言って試したら、その絵の通りのポーズがうまくできたんです(笑)。さらにラ・ムーではジャケットがイラストになりましたが、スタッフを信じて、私は何も異論がありませんでした(笑)。まあ、他のアイドルのみなさんと違うジャケットになることを私自身も楽しんでいました。驚いてくださる方がいるといいなと。

5枚目のシングル「BOYのテーマ」は菊池さん主戦の映画『テラ戦士ΨBOY』のテーマ曲でもあるし、キャッチーな楽曲もありますね。でも、アルバム曲はいわゆる“アイドルらしさ”と対極にある世界観でした。海外の音楽ファンから支持を集めるのはこれらアルバムの楽曲です。Spotifyによると、2021年7月から配信がスタートした楽曲で最も再生回数が多いのは、サードアルバム『ADVENTURE』に収録の「Mystical Composer」です。

菊池さん:シングルは主題歌やCMなどのタイアップがあったので、キャッチーなラインもつくったと聞きましたが、アルバムは本当に大人になっても聴けるということを意識していたので、当時、自分の想像できる範囲で一番大人っぽい声を出していたつもりです(笑)。

 私はスカウトされたときに、藤田プロデューサーに「楽器をやっているか」と聞かれたんですね。というのは、譜面を読めるかということがすごく気になったみたいです。歌唱技術とは、自分の体を使う技術のコントロールができるだけでなく、譜面に何が書いてあるかを理解して、16ビートまできちんと理解できていることだと、当時言われました。改めて聴くと、自分が大きくリズムを歌い崩しているものはなくて、譜面通りに音を当てていたことがデジタル時代にマッチしたのかな、と。16ビートを意識したことが、今の流行の要素になっているのかなと思います。

『ADVENTURE』とラ・ムー名義のアルバム『Thanks Giving』はレコードが再発売されるまでの評価を集めています。しかも『ADVENTURE』は、米国のレコードレーベルから出ています。アナログレコードが再発売されると聞いたときの感想を教えてください。

菊池さん:レコード需要がなくなっていなかったことは知っていて、さほど驚きはなかったです。アナログを愛する方もいますし、DJをやられるかたの楽しみ方もあります。特にこの2作は、ブラックミュージックのテイストが色濃く反映された作品でもあり、日本よりも海外の方に合っていたのかもしれませんね。やはり、スタッフのみなさんがこだわってつくった楽曲、そしてミュージシャンも最強の布陣でしたので、私の声でなかったとしても、アナログになっても需要はあるなと思いました。

当時は「声量が足りない」「弱い」といわれていたけれど……

ファンクのテイストを備えたラ・ムーの楽曲も評価が高いです。

菊池さん:ラ・ムーは、今ほどネット時代ではなかったので、後ろ向きの意見は自分のところにはあまり入ってこなかったんですよ。それがよかったなとは思いますが、当時の音楽雑誌で論評されていた中には、「菊池桃子の声が弱い」とか「声量が足りない」という意見があったことは聞いていました。

 実は自分でもそれは気になったし、もっと強いほうがいいのかなと思ったこともあります。でも、遡って1984年のレコードデビューのときに、実は2つの歌唱法を試したんですね。1つは、今のままの、ウィスパー(ささやき)の声でマイクに拾ってもらう歌唱法で、もう1つは、キーは高くなってしまうんですが、強く出すという歌唱法です。そのキーを高くして声を強く出す歌い方は「商売向きじゃない」と言われました。「個性がない」と。

 だから、「プロの人はそっちがいいんだ」「この弱い声が、信頼するスタッフが勧めてくれたほうだ」と思って、歌ってきました。今でも自分では何が正解かは分からないですが、ラ・ムーのレコードが再発売されると聞いて、「よかったー」と(笑)。声の出し方が2つある中で、地声のほうを選んでよかったと思いましたね。

松原みき「真夜中のドア」をカバーして世界的な人気を集めるきっかけをつくったインドネシアのシンガーのRainych(レイニッチ)さんが、菊池さんのアルバム『OCEAN SIDE』に収録の「Blind Curve」をカバーしました。海外のアーティストによる評価が世界的な拡散のきっかけになっていますね。

菊池さん:Rainychさんが「Blind Curve」をカバーしてくださったことは、もうすごくうれしかったです。私の中では、「アルバムの中に、名曲がたくさんあるんです」とお伝えしたいので、「よく見つけてくれました!」という感じです。Rainychさんの公式YouTubeに「歌ってくれてありがとう」とすぐにコメントも書きました。気づいてもらえるかなと思ったんですけど、コメントを上に固定してくれました。

 Night Tempoさんもアルバムの曲をリエディットしてくださって、私自身もまだ元気なときに(笑)、懐かしの曲を掘り起こしてくださるという現象が見られてうれしいと思いました。

なぜ海外のインフルエンサーに、菊池さんの楽曲が響いたと考えますか。

菊池さん:まず母国語が違う海外の方々が、日本語の曲を聴いてくださっていることに驚き、どんな思いで聴いてくださっているのか不思議に思ったのが、最初の印象です。次に考えたのが、この世で音が鳴るものの中には嫌われる音もありますから、もしかして私の声を楽器の一部のように、フィーリングで捉えてくださって「この音、好きだな」と聴いてくださっているのかな、と感激しました。

 Night Tempoさんのリエディット曲は、日本語の言葉が途中で切れてそれがリフレインするという、日本語としての意味を度外視した不思議なつくり方なんですね。例えば「GOOD FRIEND」という曲(『菊池桃子 - Night Tempo presents ザ・昭和グルーヴ』に収録)で、歌詞の「ごめんね」の「んね」だけが「んね、んね、んねーー」とリピートするところがあり、最初聴いたときは驚いたんです。

 でも、それが心地いいんです。これが、私の声を“音”として捉えている代表的な例ですね。「この声はここで切ると心地よい」「面白い」と、遊んでくださっている。加えて、音としての響きがエモーショナルになって、世界の方々に届くという一つの答えを見せてくださった気がして、Night Tempoさんありがとう、と思いました。

 先日、Night Tempoさんが配信リリースに合わせて、私のラジオ番組にコメントをくださいました。その中で「桃子のウィスパーボイスは特別だ」って言ってくださったんです。前からNight TempoさんとはSNSなどでメッセージのやりとりをさせていただいているんですが、「いつか、桃子の曲をつくりたい」とも言ってくださっています。例えば「あいうえお」と51音を録音してNight Tempoさんに送ったら、響きが面白い曲をつくってくれたりして……と、想像が膨らみましたね。

21年9月配信開始。Night Tempoが、海外マーケットでの実績やポテンシャルがある日本の名曲をリエディットする作品シリーズの第10弾。「Alfa Flight」(セカンドアルバム『TROPIC of CAPRICORN』収録)、「ガラスの草原」(12thシングル)、「Good Friend」「Night Cruising」(ともにサードアルバム『ADVENTURE』収録)のリエディットを収録
21年9月配信開始。Night Tempoが、海外マーケットでの実績やポテンシャルがある日本の名曲をリエディットする作品シリーズの第10弾。「Alfa Flight」(セカンドアルバム『TROPIC of CAPRICORN』収録)、「ガラスの草原」(12thシングル)、「Good Friend」「Night Cruising」(ともにサードアルバム『ADVENTURE』収録)のリエディットを収録

photo /タナカヨシトモ スタイリスト/中村日和 ヘアメイク/古屋明子(arts)

ジャケット5万1000円、オールインワン5万7000円(ともにAKIKO OGAWA)
ピアス1万5000円(グロッセ/問い合わせ ☎03-6741-7156 月~金 10~午後5時)
*すべて税別

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 日経トレンディ2021年12月号では、看板企画の「ヒット予測100」「ヒット商品ベスト30」を発表しています。2022年にヒットが見込める商品・サービスと、21年にヒットした商品・サービスをランキング形式で発表する企画で、30年以上の歴史があります。ランキング以外にも、「地方発ヒット大賞」や約290社のヒット商品がずらりと並んだ「メーカー別ヒット総覧」を掲載。1年を総括し、激動の時代のヒット現象を業界横断で知る、ビジネスパーソン必読の1冊です。

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