前回見たように、「世界標準」のサービスが上陸しながらも、真剣な交際を目指す「Omiai(オミアイ)」から気軽なデートに使える「Dine(ダイン)」まで、幅広いモデルが生まれている国内のマッチングアプリ。その裏側で各社がしのぎを削るのが、サービスの基本となる「最適なパートナーとの効率的な出会い」だ。ただそこには、技術的なカベが立ちはだかっている。

 「一人からたどれるデータが少ない。マッチングアプリのアルゴリズムには他にない難しさがある」。「ペアーズ」を運営するエウレカ(東京・港)の奥村純・執行役員データディレクターはこう話す。

マッチングアプリ「ペアーズ」の画面イメージ。パートナー候補との「相性」が数値で示されている
マッチングアプリ「ペアーズ」の画面イメージ。パートナー候補との「相性」が数値で示されている
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 マッチングアプリが利用者に最適な相手をレコメンド(推薦)する際、年齢や仕事、趣味や休日が合うかどうかなどの基本的な情報に加え、アプリにログインする時間帯やアプリ内に滞在している時間、プロフィルの文章がある程度の分量まで書かれているか、といったさまざまなデータで判断している。こうした点を踏まえて「相性60%」「相性90%」などとはじき出す。

 しかし事はそう簡単ではない。「相性が50%でもお互いに『いいね!』を押してマッチングするケースもあり、完全に人工知能(AI)だけのマッチングは難しい」(奥村氏)という。

 理由の1つが、インターネット通販など商品が介在するサービスと違い、人と人を結びつけるマッチングアプリでは取得できるデータ数が限られることだ。ネット通販の場合、例えばあるユーザーが経済小説を買ったとする。同じ経済小説を買った人の購入履歴から、そのユーザーが買いそうな本をレコメンドできる。この経済小説の購入者は多数存在するため、そこから派生する何十万ものデータを集められる。

 だがマッチングアプリでは事情が異なる。利用者1人につき押せる「いいね!」の数や、交際できる人数は限られる。AさんとBさんがお互いにメッセージのやり取りをする関係に発展したからといって、そのAさんがプロフィル上はBさんとよく似たCさんに「いいね!」を押すとは限らない。

 なぜなら、人間には本音と建前が存在するからだ。例えばパートナーの条件として「年収にはこだわらない」としている利用者が、実際には一定以上の年収の相手ばかり「いいね!」することもある。それがなぜなのか、プロフィルに登録している情報だけで分析できるとは限らない。

 十分や量と種類のデータが集まらない──。このエウレカの抱える悩みの打開策となったのが、東京大学大学院との共同研究だ。エウレカは2018年12月、東京大学大学院情報理工学系研究科の山崎俊彦准教授の研究室(山崎研)と、アプリ内で活用するアルゴリズムの共同研究を開始した。

 SNSに投稿された動画や音声のデータを使った基礎研究などが専門の山崎研からのアドバイスが、「グラフ深層学習の活用」だった。グラフ深層学習とは、ネットワークの中を自在に動き回り、情報を集めるというもの。化合物の特性の予測などに使われている手法で、写真共有サイトの米ピンタレストは「関連のある写真」をレコメンドする際、写真のトーンや撮影された文脈などをくみ取るためにこの技術を使っている。

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