日経ビジネスで1年間連載した相場英雄氏の小説『Exitイグジット』が書籍化された。日本が抱える最大の問題である『財政』に切り込んだ作品の中には、「世界中にヤバい国はたくさんあるが、一番ヤバいのは日本」「(日本は)ノー・イグジット(出口なし)」という登場人物のせりふが飛び交う。著者である相場氏は通信社の記者として日銀や株式市場など金融業界を取材した経験を持ち、日本の金融、財政政策に危機感を抱いていた。だが、連載開始後に新型コロナウイルスの感染問題が発生し、事態はさらに深刻化した、と見る。相場氏が作品に込めた思い、日本の財政に対する危機感とは。

 第2回となる今回は、日本の格差社会の現状、さらに格差が生まれた背景について相場氏はどう見ているのか、また「自分を守れるのは自分だけ」と語る相場氏が、通信社時代を含め、自ら歩んできた道を語る。(聞き手は日経ビジネス)

経済格差の原因は派遣の規制緩和に

前回、新型コロナ禍による経済への悪影響はボトムアップ型で、まずは経済的な弱者から打撃を受けているというお話をされました。一方で株価は上昇し、東京ではマンション価格も高止まりして資産バブルの状態にあるともいわれます。金融緩和であふれたお金が、投資に向かっているとの指摘もあります。

相場英雄氏(以下、相場氏):安倍前首相時代にトリクルダウン(富める人が富めば、富がしたたり落ちて、貧しい人も豊かになる)という理論が幅を利かせました。しかし、実際は、豊かな上層でお金の流れが止まっています。これほどたくさんの新しい商業ビル群を造って、果たして需要があるのかは分かりませんが、まだ不動産の再開発も続いています。いまだにMMT(債務が増えれば、その分、通貨の発行量を増やせばよいとする現代貨幣理論)に基づいて、財政出動は問題ないと言う人もいます。コロナの収束が見えない中、好むと好まざるとにかかわらず、財政の急激な膨張はまだ続くのではないか、そんな見方をしています。

<span class="fontBold">相場英雄(あいば・ひでお)氏</span><br />1967年新潟県生まれ。89年、時事通信社に入社。95年から日銀記者クラブで為替、金利、デリバティブなどを担当。その後兜記者クラブ(東京証券取引所)で市況や外資系金融機関を取材。2005年『デフォルト債務不履行』で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞、翌年から執筆活動に。2012年BSE問題をテーマにした『震える牛』が大ヒット。『不発弾』『トップリーグ』『トップリーグ2』などドラマ化された作品も多数ある。写真:北山宏一
相場英雄(あいば・ひでお)氏
1967年新潟県生まれ。89年、時事通信社に入社。95年から日銀記者クラブで為替、金利、デリバティブなどを担当。その後兜記者クラブ(東京証券取引所)で市況や外資系金融機関を取材。2005年『デフォルト債務不履行』で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞、翌年から執筆活動に。2012年BSE問題をテーマにした『震える牛』が大ヒット。『不発弾』『トップリーグ』『トップリーグ2』などドラマ化された作品も多数ある。写真:北山宏一

コロナ禍以前から問題になっていた貧富の差が広がっているようです。相場さんは2020年11月に発売された『アンダークラス』(小学館)でも格差の問題に焦点を当てています。格差社会の現状、今後をどうお考えですか?

相場氏:経済格差が今後も拡大していくことを強く危惧すると同時に、もはや修正不可能なフェーズに入ったと考えています。特に、コロナ禍においては、特効薬がない、ワクチン接種に時間がかかる、変異種が出現するなどの理由で感染に歯止めがかからない状況です。今後さらに困窮する人が増えるのは確実でしょう。

 では、そもそもなぜ格差が深刻化したのか。2018年に出した小説『ガラパゴス』(小学館文庫)の中では人材派遣の問題にフォーカスしました。遡ると、2000年代初頭から半ばにかけ、当時の小泉政権下で次々に労働者の派遣をめぐる規制緩和が実行されました。このあたりから、この国のシステムがおかしくなったように思えます。

 それまで正社員を重視し、いわゆる日本型雇用を守ってきたのに、人材の調整弁として使える派遣の対象業務を拡大し続けました。企業にとっては固定費を減らすことのできる非常に便利な制度です。一方、雇用される側は派遣として働くことで保障がなくなり、自己責任の領域が拡大することを意味します。制度改革、規制緩和という名の下、結果として、正規社員と派遣など非正規の立場で働く人との間に圧倒的な格差が広がりました。

 先にも触れましたが、コロナによる経済の急激な落ち込みは、真っ先に弱い立場の働く人たちを襲いました。飲食業、旅行業、イベント関係等々、自粛による影響をもろに受けた業種の非正規の方々です。従来広がっていた格差は、コロナによってさらに拡大が加速すると予想します。

誰も守ってくれない、だから自分で守る

『アンダークラス』や『ガラパゴス』で取り上げた経済的弱者が生まれる背景には、情報の少なさがあるのではないでしょうか。つまり経済弱者は情報弱者だという部分があるのではないですか。

相場氏:そうですね。だから私は小説を通して、特に若い人たちにこう伝えたいと考えています。〈国が守ってくれるわけではない、自分で考えて自分を守るしかない〉……ということです。情報にしても、どのニュース番組を見て、どの新聞、雑誌を読むのか。自分の目と耳で確かめるしかない。どのメディアが本当のことを伝えているのか、自分の責任で探し、見極めなければならならない。特に、この国の政治報道に対しては、注意を払う必要があります。元大手マスコミの記者だった私自身、日本の政治ニュースには不信感しかありません。読者や視聴者が本当に知りたいことがほとんど伝えられていないのです。どの政治家の意見が正しいか、はたまたあなた自身が賛同できる政策を訴える政治家は誰なのか。自分で判断して、選挙に行くことが大事です。

 小泉政権の経済財政政策担当大臣で、派遣規制の緩和を強く推進し、現政権とも太いパイプを持つ竹中平蔵氏が先ごろ、低所得者層への月7万円のベーシックインカム導入を提言しました。その中身は、最低限の収入保障ではなく、社会保障費を減らす代わりにセーフティーネットとして7万円を渡す……という構図に見えます。この提言が果たしてセーフティーネットになり得るのか……政権中枢で数々の政策を動かしてきた同氏の動向は要注目です。もしかしたら、近い将来、皆さんが自らベーシックインカム導入の是非について判断する必要が生じるかもしれません。

 足下のコロナ禍では、GoToキャンペーンがまさにいい例です。政府は一連のキャンペーンとコロナの感染再拡大には明確なエビデンスはない、そう言っています。しかし、国民が一斉に出かけることで感染が拡大し、第3波が起きたのではないでしょうか。政策が正しいとは限らない、私はそう考えます。要は最後に自分を守るのは自分しかいません。

小説『Exitイグジット』に登場する西北大学教授・青山ゆかりは、主人公の月刊誌記者・池内貴弘に言う。「たった20円で製造された紙幣は、9980円分の信用という後ろ盾を得て、1万円という価値を持っている」(イラスト=ケッソクヒデキ)
小説『Exitイグジット』に登場する西北大学教授・青山ゆかりは、主人公の月刊誌記者・池内貴弘に言う。「たった20円で製造された紙幣は、9980円分の信用という後ろ盾を得て、1万円という価値を持っている」(イラスト=ケッソクヒデキ)

一人ひとりがその覚悟を持つべきだと。

相場氏:私自身つらい経験をしたので、より強く感じるのかもしれません。実家は輸出100%の海外向け金属洋食器を製造する町工場でした。私が高校生の頃の1985年、急激なドル高を是正するために先進国間でプラザ合意が成立しました。これを境に、田舎町は急激な円高不況に直面しました。

 為替レートが円高に振れるごとに、実家の工場を含め、多くの地元中小企業の採算が悪化しました。円高進行とともに、仕事をすればするほど雪だるま式に赤字が膨らむ。正直、我が家はその日食べるものにも困っていました。父親は金策に奔走しましたが、結局家業は倒産です。まさに誰も守ってくれないことを、身をもって知りました。

 

 当時の私は高校生で、円高不況に直面した業界以外は、まだ日本という国に余力がありました。翻って現在はどうか。あの頃の余裕がこの国にあるとは到底思えません。自分の子供には、円高不況で食うや食わずだった頃のきつい思いは絶対にさせたくありません。

記者から作家への転身、今も消えない危機感

そうしたご経験は、相場さんの生き方に影響を与えたのですね。

相場氏:通信社に入ったのは89年です。フリーターでフラフラしている生活を改め、中途入社でキーパンチャーとして職を得ました。当時の記者はほぼ全員が手書き。つまり、ペンや鉛筆で原稿用紙に記事を書き、記者クラブからファクス、ときにバイク便を使って経済部や社会部に記事を送ってきました。

 私の役目は、殴り書きに近い手書き原稿を会社の専用ワープロでテキスト化すること。国内の記者クラブだけでなく、海外支局からもファクスで解読不能に近い手書き原稿が届き、これらをいかに早く、正確にテキスト化するかという業務でした。

 しかし入社から2~3年すると様子が変わり始めました。出先記者が自費でワープロを使い始めたのです。その後は当時のパソコン通信で原稿がダイレクトに会社のシステムに届くようにもなりました。この間、キーパンチャーは不要になるとの強い危機感を抱きました。他のパンチャーたちは仕事が楽になったと暇を持て余していましたが、私は怖くて仕方ありませんでした。円高不況の経験で誰にも守ってもらえないことを知っていたからです。

 そこで一念発起し、記者職に職種転換できるよう必死で勉強しました。同時に、社の経済関係部局の幹部に売り込みをかけたのです。折しも金融不安の芽が出始めた頃。経済取材の主戦場である日銀記者クラブが人手不足にあえいでいました。普及し始めた金融派生商品(デリバティブ)を記事でどう扱うか、社内に担当者もいませんでした。キーパンチャー職に見切りをつけた段階で、将来デリバティブに関する需要があると睨(にら)んで勉強していた甲斐があり、補助要員のような形で日銀記者クラブに潜り込みました。

 先輩記者たちは不良債権問題や日銀の金融政策の取材に専念する中、雑用的な取材や仕事も率先してやりました。この頃の様々な下働きを通じて多くの人に出会って話を聞いたことが、現在の作家稼業に役立つとは思ってもみませんでした。

 2000年代に入ると、インターネットを通じたニュース配信が勃興しました。同時に古巣の通信社をはじめ大手マスコミの経営が徐々に傾き始めました。要するに読者や視聴者がニュースを得る際のコストが劇的に下がったのです。新聞の購読者が減れば、通信社に払うコストを抑えようという雰囲気が強くなる。この頃から取材経費の削減が声高に叫ばれ、多くの記者が戸惑いました。大手マスコミの多くが行き詰まると考え始め、作家に転身しました。

 しかし現実は甘くありませんでした。最初の3~4年間は、非常に苦労しました。デビュー作以降まったく著作が売れない。ここで記者クラブ時代、選(え)り好みせず仕事をしまくった経験が役立ちました。出版社の編集者たちに頭を下げ、著名人のゴーストライターを山ほどやり、糊口(ここう)をしのぎました。この間、ライター見習のような仕事も数多くこなしました。普通に飯が食えるようになったのは、デビューしてから4年目くらいのことです。

 日本の文芸界で小説のみで生計を立てている作家は100人からせいぜい150人といわれています。応援してくださるファンのおかげで、なんとか希少動物の一員としてカウントされ、人並みの生活もできていますが、いまだに危機感があります。マスコミの衰退と同時に、出版界も急速に縮んでいるからです。ここからは企業秘密ですが、私なりに戦略を立て、水面下で様々な企業や業界と交渉を続けています。座して死を待つわけにはいかないからです。

経営者は雇用を守る気概を

相場さんの小説には様々な企業、経営者が登場します。今回の小説『Exitイグジット』にも、銀行から融資を断たれながら事業を守ろうとする経営者が描かれています。相場さんは、経営者にどうあってほしいとお考えですか。

相場氏:先ほども言いましたが、私自身、町工場のせがれです。銀行から融資が出ない、残業代がかさむ……おやじが毎月毎月しんどい思いをしながら、雇用を守る姿を子供のころから見てきました。

 おやじの背中と比較して、果たして今の経営者は、本当に社員を大事に考えているのかな、と疑問に思う瞬間が多々あります。

 昨今、割増退職金を払うから辞めてくださいという事例がすごく増えています。確かに事業の再構築のために、いわゆるリストラ、人員整理が必要なときもあるかもしれません。しかし何とかこの人の雇用を維持できないか、必死に考え、行動した様子が感じられないケースも多いのです。

 特に銀行界では、メガバンクを中心に何万人削減するとか、何万人配置転換とか、あたかも人減らし競争をしているように見えます。しかし、首を切る一人ひとりの先には、すべて家族がいて、生活があるということを、どこまで経営者が真剣に考えているのか。甚だ疑問です。

 先ほど、自分のことは自分で守る必要があると言いましたが、その一方で、経営者の方には、いったん採用した人の雇用は守る気概を持っていただきたい。矛盾するようですが、それで社会の均衡が何とか保たれるのではないかと。厳しい経営環境の時代に向かっているからこそ、そのことを強く感じています。

(第3回に続きます)

「世界中に火種はあるが、一番ヤバいのは日本だ」!
日本の金融政策に切り込んだ相場英雄氏の最新作『Exitイグジット
書籍、電子書籍同時発売

 月刊誌「言論構想」で経済分野を担当することになった元営業マン・池内貴弘は、地方銀行に勤める元・恋人が東京に営業に来ている事情を調べるうち、地方銀行の苦境、さらにこの国が、もはや「ノー・イグジット(出口なし)」とされる未曽有の危機にあることを知る。

 金融業界の裏と表を知りつくした金融コンサルタント、古賀遼。バブル崩壊後、不良債権を抱える企業や金融機関の延命に暗躍した男は、今なお、政権の中枢から頼られる存在だった。そして池内の元・恋人もまた、特殊な事情を抱えて古賀の元を訪ねていた。

 やがて出会う古賀と池内。日本経済が抱える闇について、池内に明かす古賀。一方で、古賀が伝説のフィクサーだと知った池内は、古賀の取材に動く。そんな中、日銀内の不倫スキャンダルが報道される。その報道はやがて、金融業界はもとより政界をも巻き込んでいく。

 テレビ・新聞を見ているだけでは分からない、あまりにも深刻な日本の財政危機。エンターテインメントでありながら、日本の危機をリアルに伝える、金融業界を取材した著者の本領が存分に発揮された小説。

 果たして日本の財政に出口(イグジット)はあるのか!

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