日本有数のリゾート地である沖縄は、観光産業の在り方に大きな課題を抱えている。地場企業の弱さ、生産性の低さ、人手不足……。これは日本全体の問題と重なる。観光先進国と並び立つには「地域の価値向上」と「生産性の改善」が必須要件だ。

那覇市から車で30分余りに位置するデポアイランド。テナントの大半が地場商店だ
那覇市から車で30分余りに位置するデポアイランド。テナントの大半が地場商店だ

 那覇市内から車で30分余り。沖縄本島の大動脈である国道58号線を北上すると左手にスポーツ施設の大屋根が見えてくる。それを目印にハンドルを左に切ると、緩やかな坂道の上に黄色やピンクを基調としたカラフルな街並みが広がる。

 ここは「デポアイランド」。北谷町が埋め立て地に整備した商業エリア、アメリカンビレッジの一角だ。

 海沿いの遊歩道に面したオープンテラスの飲食店では、観光客とおぼしき家族連れやカップルが水平線のサンセットを待ちつつ、おしゃべりを楽しんでいた。海に突き出した回廊で、あるいは街角に描かれたユニークなイラストをバックに、スマートフォンで自撮りする人々を見かける。アパレルショップを巡る地元の若者グループらしき姿もあった。

 人口約3万人の北谷町に立地するデポアイランドは、コロナ禍前に年間約400万人の来街者を記録した。集客力の秘密はどこにあるのか。デポアイランドの歴史をひもとくと納得がいくだろう。そこには14年をかけて地場の強みを磨いた綿密な街づくりがあった。起源は2008年、この地にあった社会保険庁の保養施設が閉鎖されたことに遡る。

 若者向けの街をつくるため、輸入雑貨などを扱っていた奥原商事(沖縄県北谷町)が、3.3ヘクタールに及ぶ跡地を約30億円で落札した。開発は自然を生かす景観整備から始まった。防波堤が遮る東シナ海への眺望を確保するため、盛り土をして高台に街区を造成した。電線も地中化。歩いて楽しい街にするため、あえて曲がりくねった道を張り巡らせた。

 そして10年、奥原商事を含む6社でホテルや飲食店、商業施設などを備えたデポアイランドを開業した。その後も、週末にライブを開催したり、花火大会を企画したりと、ソフトとハードの両面で街を育ててきた。土地取得の費用を含め、投じた金額は100億円を超えるという。

沖縄が悩む“ザル経済”の課題

 この街を歩くとあることに気付く。大手のコーヒーチェーンやハンバーガーショップ、ドラッグストアなどが見当たらないのだ。

 デポアイランド開発を進めた6社が中心となって立ち上げた一般社団法人北谷ツーリズムデザイン・ラボの比嘉朝旬代表理事は、「ほとんどが地元の名もない商店ですよ」と話す。170あるテナントのうち、チェーンストアはコンビニ1店だけ。地域商店にこだわったテナント戦略の背景には沖縄が抱える深刻な課題がある。

 新型コロナウイルス禍が起きて以来、初めて行動制限がなかった今夏、沖縄は3年ぶりの活況に沸いた。19年に観光客数1000万人を突破した勢いは、足元では8~9割ほど戻っているとされる。それなのに、6月に着任した内閣府沖縄総合事務局の星明彦運輸部長の表情は険しい。

 なぜか。過去に観光客が増加した恩恵を地元が享受できていなかったからだ。18年度の観光収入は前年度比5.2%増で過去最高の7340億円だった。ところが、県内の宿泊・飲食サービス業総生産は同5.1%減の1887億円。卸売・小売業総生産も同2.2%減の3909億円だった。

 県内への流入者が増えているのにどうして観光客の消費に近いセクターの県内総生産が伸びないのか。それは客の行動パターンが示している。多くは外資や本土のホテルチェーンに宿泊し、大手資本のコンビニやドラッグストアを利用。加えて、県の食料自給率はカロリーベースで20年に32%と全国平均を下回る低水準のため、食材の多くは県外産となる。星部長は「稼いでいるのに地域に還元されない、ザル経済の典型例だ」と厳しい。

 「本来は人を呼び込むゲートウェイである観光が、地域経済の循環に貢献していない」(星部長)

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