「多角化のシナジー」といった時に想定されるのは、事業間のつながりによって稼ぐ力が高まる事業シナジーだ。だが、シナジーという言葉は曖昧な定義のまま使用されることが多く、都合よく用いられることもある。事業シナジーが意味するものとは何か。慶應義塾大学商学部の牛島辰男教授が解説する。

<span class="fontBold">牛島辰男 教授[Ushijima Tatsuo]</span><br>1989年、慶應義塾大学経済学部卒。91年、同学大学院経済学研究科修了。2003年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)アンダーソン経営大学院、経営学博士(Ph.D.)。三菱総合研究所研究員、青山学院大学大学院国際マネジメント研究科(青山ビジネススクール)准教授・教授を経て現職。(写真=的野 弘路)
牛島辰男 教授[Ushijima Tatsuo]
1989年、慶應義塾大学経済学部卒。91年、同学大学院経済学研究科修了。2003年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)アンダーソン経営大学院、経営学博士(Ph.D.)。三菱総合研究所研究員、青山学院大学大学院国際マネジメント研究科(青山ビジネススクール)准教授・教授を経て現職。(写真=的野 弘路)

 今回は多角化マネジメントの要ともいえる事業シナジーについて考える。

 事業シナジー(営業シナジーとも呼ばれる)とは、事業間の資源の共用や活動のつながりによって、事業の稼ぐ力が高められる効果である。多角化の文脈でシナジーという言葉が用いられる時に一般にイメージされているのは、この効果である。だが、(事業)シナジーほど曖昧な意味合いで用いられることが多い言葉も珍しい。それを明確にするために、事業を見る基本的な視点の整理から始めよう。

 事業とは企業が利益を得るために、ある特定の製品(サービス)分野で行う活動の体系(システム)である。このシステムは、様々な機能に分化した活動の組み合わせとしてできている。製造業の事業であれば、製品を構想し、具体化するための開発、部材を調達する購買、ものづくりを担う生産のほか、物流、販売、サービスなどの機能を標準的に備えている。これらの「現業」に加え、財務、人事といった間接的な機能も必要である。こうした活動の組み合わせとしての事業の成り立ちをバリューチェーンと言う。

 バリューチェーンが全体として機能することで、事業は物理的なアウトプットである製品・サービスと経済的なアウトプットである価値を生む。生み出された価値のうち、事業が自ら獲得した部分が利益であり、その大きさは事業の競争力に依存する。

収入シナジーと費用シナジー

 競争力を決める最も根源的な要因は、企業が活動のために組織的に蓄積してきたインプットである資源である。あらゆる活動に不可欠なインプットであるヒト(人的資源)が、有形・無形の様々な資源を用いて活動し、バリューチェーンを機能させることで価値を生み出していく力を組織能力と呼ぶ。

バリューチェーンを機能させて利益を生み出す
●価値創造のシステムとしての事業
<span class="fontSizeL">バリューチェーンを機能させて利益を生み出す</span><br><span class="fontSizeS">●価値創造のシステムとしての事業</span>
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 事業シナジーの意味するところは、シナジーの比喩的表現である不等式(1+1>2)に照らして考えると分かりやすい。2つの事業があるものとし、それぞれが独立した専業企業として得られる利益を「1」としよう。この利益は第1回で紹介した事業の単独価値の基礎であり、事業の単独利益とも言える。不等式右辺の「2」は、2つの事業の単独利益の和であるから、これら事業が別々の企業として生み出すことのできる利益の合計を表している。

 一方、左辺の「1+1」が表しているのは、両事業が同じ企業の中で活動を共にする時に生み出せる利益の和である。すなわち、この不等式が意味しているのは、多角化企業が全体として生み出す利益が、その事業がそれぞれに独立した企業として生み出すことのできる利益の合計よりも大きいということである。事業シナジーとは、このように複数の事業が同じ企業の中にまとまることで、それぞれの事業だけでは生み出せない付加的な利益が生まれる効果である。

 企業の中で利益を生む力を持つのは事業だけであるから、事業シナジーによる利益の増加が起きる場所も事業である。すなわち、事業シナジーが働くのであれば、事業の生み出す利益が企業内の他事業の存在によって底上げされなければならない。利益とは売上高(収入)から費用を引いたものであるから、底上げが起きるチャネルは2つしかない。事業の売上高が大きくなるか、費用が低くなるかである。前者の効果は収入シナジー、後者は費用シナジーと呼ばれる。

 事業同士がこれらのシナジーによって結びついているとき、事業ポートフォリオは部分(事業)の力に帰することのできない稼ぐ力と、それゆえの価値の増加(プレミアム)を生む。これは事業が企業という組織的な箱の中に存在するからこそ創造できる価値であり、多角化企業の最も本質的な存在理由と言える。

資源の共用がシナジーを生む

 事業シナジーが働くときには、事業間で共用されている資源が必ずある。別の言い方をすると、共用できる資源のない事業間に事業シナジーは生まれない。先ほど触れたように、資源は事業の競争力を決める基本的な要因である。故に、事業シナジーで結ばれた事業同士であれば、それぞれの競争力の基礎に何らかの共通した資源がある。

 例えば、富士フイルムホールディングスの化粧品事業には写真フィルム事業で培われたコラーゲンやファインケミカルの技術が応用されている。この資源が利用できるため、化粧品事業は技術投資の負担が過大になることなく、機能性に優れた独自な製品ラインを持ち、顧客の支持を得ることができる。

 セブン&アイ・ホールディングスのコンビニエンスストア事業と銀行事業の間では、店舗ネットワークが共用されている。セブンイレブンの店舗網を利用できることで、セブン銀行は同規模のATMネットワークを自ら構築するよりも小さな費用で多くの利用者を集め、手数料収入を得られる。コンビニエンスストア事業の収入もATM利用者の「ついで買い」により高められる。

 米アップルの事業間における資源共用はより多面的である。同社のパソコンやスマートフォンなどの事業の間では、オペレーティングシステム(OS)をはじめとする様々な技術、ブランド、リアル・オンラインでの顧客アクセスなど多様な資源が共用されている。だが、より本質的に同社の事業が共用しているのは、これらの資源を活用し、アップルならではの製品・サービスと経験を顧客に提供する組織能力である。このように、複数の事業によって共用され、それぞれの事業の強みとなる企業の中核的能力のことをコアコンピタンスという。

 資源の共用には、組織的なメカニズムが必要である。最もシンプルなメカニズムは、資源の移植である。すなわち、ある事業の資源を複製したり、部分的に移転したりすることで、他の事業でも利用できるようにすることである。資源を共用しても、それをどう利用するかはそれぞれの事業に委ねられるため、事業のバリューチェーンは互いに独立して機能する。富士フイルムでは化粧品以外にも様々な事業で、写真フィルム由来の技術が活用されているが、それらの事業間において活動のつながりは弱い。

 資源によっては、1つの事業でどう使われるかでその価値が変わり、同じ資源を共用する他の事業に影響が及ぶ。こうした資源の共用は、資源を用いる活動の方向性や内容を事業間で調整する必要があるため、バリューチェーン間につながりが生まれる。米ウォルト・ディズニーの様々な事業では映画事業の生み出すキャラクターが共用されているが、その活用は全社的に緊密な調整がなされている。

 最も強力なメカニズムはバリューチェーンの一体化である。すなわち、共用される資源を用いる活動を部分的、あるいは全面的に事業間で統合することである。

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