IoT・AI

最近非常に身近な存在となったAI
AI時代に求められる人材とは?
~サイエンス作家 竹内 薫氏~

掲載日:2022/08/23

サイエンス作家 竹内 薫氏

PCやスマートフォンの顔認証、テキスト・音声の自動翻訳など、すっかり身近な技術となったAI。認識や分析の精度も年々向上し、「いずれ人間の仕事をAIが奪ってしまうのではないか?」という懸念が現実味を帯びつつある。そんなAI時代に求められるのは、どのような人材なのか。物理、数学、脳、宇宙など幅広い分野に精通するサイエンスライターで、AIにも詳しい竹内薫氏に聞いた。

AIが人間の仕事を完全に奪うことはない

BP:本日はAIにまつわるお話をいろいろと聞かせてください。早速ですが、以前は一般の人にとって何となく縁遠い存在だったAIが、最近は非常に身近な存在になっているように感じます。どのような変化が起こっているのでしょうか?

竹内 薫氏(以下、竹内氏):AIを身近に感じるようになった大きなきっかけの一つは、新型コロナウイルス感染症の拡大だと思われます。

コロナ禍によって外出や人との接触が制限されたことで、SNSやZoomといったデジタルツールに触れる機会が多くなりました。これらのツールに搭載されている機能やサービスが、実はAIで動いていることを知ることで、以前よりも身近に感じるようになった人が増えているのではないでしょうか。

コロナ以前は、「AI時代なんて本当に来るの?」という人が大半だったと思いますが、今では多くの人が、「AIがなければ世の中が動かない時代になった」と気付いているはずです。

AI時代の到来が強く認識されるようになったのは、技術が著しく進歩したことも大きな理由だと思います。例えば、英語の論文やレポートを翻訳するとき、以前は英文科卒で帰国子女の妹に下訳(本格的な翻訳を仕上げる準備としての翻訳)を頼んでいました。妹は英語は得意でも、科学の専門家ではないので、出来上がる下訳の完成度は8割程度です。残り2割を修正して、完全な翻訳に仕上げるということを何十年も行ってきました。

何十年も妹に頼ってきた下訳を、2021年の夏にAI翻訳に切り替えました。AIによる翻訳でも、8割程度の完成度まで仕上げられることが分かったからです。この十数年、いろいろなAI翻訳ソフトを試し、「まだまだだなぁ」と思いながら導入を見送ってきたのですが、ある日突然、ものすごいソフトが登場して、文法や表現だけなら、ほとんど問題ない下訳ができるようになった。これは非常に画期的なことです。

おかげで妹は、兄からの面倒な頼み事を受けなくても済むようになり、自分の好きなことに専念できるようになりました。

この例に限らず、さまざまな場面でAIのありがたさを実感している人は増えているはずです。AIが「身近な存在になった」と感じるのには、そうした理由もあると思います。

BP:非常に興味深いエピソードですね。気になったのは、妹さんが長年やっていた下訳の仕事を、AIができるようになった点です。以前から、「AIが進化すると、人間の仕事が奪われてしまう」と心配されてきましたが、そんな未来が本当にやってくるのでしょうか。

竹内氏:AIが人間の仕事を完全に奪ってしまうということは、ありえないと考えています。確かに下訳の仕事はなくなってしまうかもしれませんが、翻訳をきちんと仕上げる作業は人間でなければできません。AIは、文法や表現のルールにのっとってパターン化された翻訳はできますが、内容が間違っていないかどうかをチェックしたり、より適切な言い回しや表現に置き換えたりすることはできないからです。

仕事の種類は、大きく分けるとクラークとマネジメントの2つがあります。クラークとは、パターン化された仕事を繰り返しこなす仕事。マネジメントは、そのクラークに指示を出し、管理する仕事です。AIはクラークの役目を奪ってしまうかもしれませんが、マネジメントの役割は果たせません。言い換えれば、単純な繰り返し作業はAIに任せ、人はそれを管理することで、仕事のすみ分けができるわけです。

AIに使われない人材を育成するためには?

BP:AIに関してもう一つ気になるのは、あまりにも便利すぎて、人間の能力の発達を阻害してしまうのではないかということです。例えば、最近ではAIによる画像解析技術などが進歩していますが、AIの高度な認識機能に依存することで、人間の物事に対する認識能力が衰えてしまうといったことはないでしょうか。

竹内氏:能力を奪われるのではないかと恐れるのではなく、むしろ、AIの機能を使いこなして、人間の能力を拡張させるのだという発想を持った方が良いでしょうね。

クルマに例えると分かりやすいと思います。人がクルマに乗ったからと言って、歩いたり、走ったりする能力が衰えるわけではありません。速く移動できるようになった分、余暇の時間が増えるので、その時間を使って散歩やジョギングをすれば、能力はちゃんと保てるのです。
クルマがあるおかげで、自分の足だけでは到底行けないような遠い場所に、速く行けるようになったのですから、本来ある能力が拡張されたのだとも言えます。拡張された能力を使いこなしながら、本来ある能力も磨くということは、十分に両立できるわけです。

こちらの記事の続きはBP Navigator to Go「ニッポンの元気人」からご覧ください!