その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は髙樹のぶ子さんの『 小町はどんな女(ひと) 『小説 小野小町 百夜』の世界 』です。

【はじめに】

 小野小町はどんな女性だったのでしょう。まず美人だった、そして優れた歌人だった。

 それは確かだったようですが、その実像は、百人一首の中の歌と、十二単の後姿でしか知られていない、というのが実際のところなのではないでしょうか。

 前作『小説伊勢物語 業平』で、業平の生涯をたどるとき、『伊勢物語』に登場するむかし男、つまり業平の歌と、その歌を説明する詞書(ことばがき)をよすがに、人生の筋道をつくりました。

 そしていま、業平とほぼ同時代に生きた小野小町の生涯を、『小説小野小町 百夜(ももよ)』として著すことができました。

 美男美女の一対の歌人として、世に知られた二人です。平安前期を代表する二人は、毀誉褒貶(きよほうへん)にまみれて伝説化したことも、千年の時を越えて愛されてきたことも、共通しています。

 この『小説小野小町 百夜』も、『小説伊勢物語 業平』のときと同様、今日に残された歌をたよりに、その人生を辿るしかありませんでした。

 歌よりほかに、頼るものは何もなかったのです。

 平安初期の女性の記録は、正式な名前はおろか、生年や没年さえ、公には記録に残されていません。天皇の娘の内親王や、ごく限られた皇統の女性のみ、歴史書に名前が記されていますが、紫式部、清少納言などの有名な女性さえ、便宜的な呼び名なのです。

 姉妹であっても、一宮(いちのみや)、中宮(なかのみや)、三宮(さんのみや)と、生まれた順で呼ばれていました。

 名前を明確にしなかったのは、邪悪な怨霊などが名前に取り付くのを防ぐ、という呪術的な意味もあったようですが、当時の女性は、その程度の扱いだったとも言えますね。

 ところが現代から見返す平安時代は、どんな印象でしょう。後世の武士の時代に較べて、まずは女性的で日本的な雅(みやび)な世として思い浮かべます。

 現代の皇室の行事を見ても、平安時代を踏襲しています。

 この雅さは絵巻物などに描かれた衣装や寝殿造りなどに表れていますが、それ以上に心の情報としての言の葉、つまり歌で伝えられてきたものこそ、雅の本質だったのではないでしょうか。

 名前さえ正式に付けてもらえなかった女性たちですが、歌を詠むことでその存在を、そして平安という時代の色や匂いを、後の世にまで伝えることに成功しました。

 いまイメージする平安時代は、名前も与えられなかった女性たちが、心の言葉で造り上げたものだと言ってもよいでしょう。

 みずみずしい平安の歌を口に含み味わえば、その甘味も苦味も塩辛さも、何より涙の味も、馥郁(ふくいく)と香り蘇ります。不思議なことに、歌は一一〇〇年のあいだ、枯れ萎(しぼ)むことなく、それぞれの世の人がそれぞれの思いを注ぎ込むことで、瑞々しく新鮮なまま生きのび、当時の情感を今に伝えてくれるのです。

 歌とは、心のタイムカプセル。

 その代表選手が、小野小町です。

 小町の残した「歌というタイムカプセル」を、丁寧にそっと開け、伸びやかに動き出した言の葉に導かれて、彼女の生涯をたどったのが『小説小野小町 百夜』です。

 そして本作は、『小説小野小町 百夜』をより視覚的にわかりやすく、当時の裏事情まで理解し愉しんでいただくための、ガイドブックなのです。

 この本を片手に、小町の人世(ひとのよ)の旅に同伴していただけると嬉しいです。


【目次】

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