All photos by Chishima,J.
(ゼニガタアザラシ(右)とゴマフアザラシ 2006年10月 北海道野付郡別海町)
鳥はしばしば複数の種類から成る群れを作る。数種のカラ類を中心に形成される混群には、コゲラやエナガ、キクイタダキなどが参加することが多いし、夏の終わり頃にはムシクイ類やヒタキ類の姿も見られる。また、秋冬の水辺にはカモ類が群れているが、これらはたいてい複数の種類で構成されている。群れの機能については様々な説があるが、よく言われるのは採餌効率の向上と捕食者回避である。カラ類の混群は前者、水辺のカモ類は後者の目的が大きいだろう。
コゲラ
2006年9月 北海道河西郡中札内村
カモ類の群れ(マガモ・ヒドリガモほか)
2006年10月 北海道野付郡別海町
これに対して哺乳類は、群れを作るものは多くない。アフリカのサバンナあたりならともかく、日本では群れを作る陸棲哺乳類となるとシカ類やコウモリ類などごく一部である。これらの動物にしても群れは同種のみで形成されるのが普通で、2種以上の種から成る群れというのはほとんど見られないのではないだろうか。おそらく、多くの種が単独性かつ夜行性であるためだろう。
エゾシカ
2006年10月 北海道釧路郡釧路町
海棲哺乳類のアザラシ類は、採餌は海中で各々行なうものと考えられているが、陸上や氷上で休息する際には数頭から時に数百頭に及ぶ集団を形成する。こうした上陸集団も同種同士で構成されるのが一般的だが、北海道東部では時に2種から成る上陸集団が見られることがある。
その2種とはゼニガタアザラシとゴマフアザラシである。2種は毛皮の地色や斑紋が異なるが、形態や習性はよく似ており、最近まで同種と扱われることもあったほどである。2種を分ける決め手となるのは、頭骨の形態などにくわえて繁殖上の生態的隔離である。すなわち、ゼニガタが5月に岩礁上で子供を産むのに対し、ゴマフは3月頃流氷上で白色の幼体毛に覆われた新生子を出産する。ただし、ゴマフも繁殖期以外は砂州や岩礁に上陸して沿岸生活を送っている。このゴマフの沿岸生活期に、2種が混在することがある。といってもゼニガタとゴマフが半々ずつ群れを成しているような場所は、少なくとも北海道にはない(千島列島にはあるかもしれない)。どちらかの群れに、もう一方が少数混じるといった具合になる。
ゴマフアザラシ
2006年10月 北海道野付郡別海町
ゼニガタの群中にゴマフが混じるのは、道東太平洋側に何ヶ所かあるゼニガタの上陸岩礁において見られる。こうしたゴマフはほとんどが小型の幼獣であり、若干大きくても性成熟前の亜成獣である場合が多い。ゴマフの幼獣は長距離の分散移動を行うことが知られているので、そうした分散の途中で、近縁種のゼニガタが集団で上陸している場所があれば「安心して」休息するのだろう。
ゴマフの中にゼニガタが混在するのは、野付湾や風蓮湖などにある、ゴマフが沿岸生活期に上陸する砂州である。これらの場所に、主に秋以降のゴマフの数が増える時期に少数のゼニガタが混じることは、現地でゴマフの調査をしている人から聞いて知っていた。それらについては、ゼニガタ上陸場に現れるゴマフのように、分散過程の幼獣なのだろう程度に考えていた。そのことを確認しておこうくらいの軽い気持ちで風蓮湖の現地調査を行なったのは、もう7年前になる。
風蓮湖のゴマフアザラシ上陸場
1999年10月 北海道野付郡別海町
干潮時に湖内に現れる砂州が上陸場となっている。
ところがその後、秋の風蓮湖には何度も足を運ぶこととなった。予想していた結果と大きく異なったからである。いずれの年においても、幼獣と思われる小型の個体はほとんどおらず、10頭前後いるゼニガタの大部分は成獣であった。しかも、著しく大型で頚部が太いオスの成獣を、複数頭含んでいた。ゼニガタのオスはあまり季節的移動を行わず、一年を通じて上陸岩礁の周辺にとどまるというのが定説であったので、これは少々驚きだった。
これらのオスは、なぜ秋にゴマフの上陸場に現れるのだろうか?この問いについては、上陸場が沿岸から1km以上離れていて個体識別や行動観察ができないこともあり、確たる証拠をもって答えることはできない。もっともらしい推測は、国後島北岸など冬期流氷に覆われる地域からの、氷を避けての季節的移動である。カナダの冬期海氷に覆われる地域のゼニガタは、氷のない地域へ平均して300km近い移動を行うそうである。
ゴマフアザラシ群中のゼニガタアザラシ(左端)
2006年10月 北海道野付郡別海町
野付湾にて観光船から撮影。背後にはアオサギの姿も。
もう一つ、根拠もなく妄想しているのは、ゴマフとの交尾の機会を狙っているのではないか、ということである。この2種は上記のように生態的に隔離されてはいるものの非常に近縁で、飼育下では雑種を生じるし、その雑種も繁殖可能なほどである。また、野生個体や標本でも、両種の特徴を備えているものが、数は多くないが時たま見受けられる。ゼニガタにゴマフのような明色型が多いアラスカ湾では、ゼニガタと思って捕獲して発信機を付けたところ移動パターンが2つに大別されたので遺伝子を調べてみたところ、その2つはそれぞれゼニガタとゴマフであったことが最近明らかにされた(頭が混乱しそうな表現だが、要するに外見だけでゼニガタとゴマフを区別するのは難しいということ)。そのように近縁な2種であるから、南部千島あたりで同所的に夏を過ごしたゼニガタの中には、秋期のゴマフの繁殖海域への移動に付いてくるオスが少数いることもあるのではないか。ちなみに、海外のゼニガタではオスは交尾期の6ヶ月前から繁殖可能な状態にあり、これが当てはまるなら、ゼニガタ交尾期2~3ヶ月前のゴマフ交尾期にも繁殖は可能である。
雑種??
1998年11月 北海道東部
定置網で混獲された個体。一見ゴマフアザラシのようだが、背側には明瞭なゼニガタ模様があった。
海中を生活の主たる拠点とするアザラシ類の、陸上からの生態調査はどうしても様々な制約にしばられてしまう。しかし、たとえ断片的でも知見を蓄積してゆけばその生活を類推する「目」のようなものが養われるのではないか、と勝手に信じている。
ゼニガタアザラシ
2006年10月 北海道東部
*注)ゼニガタと北太平洋・北大西洋に分布するharbour seal(Phoca vitulina)は、別種とされたこともあり、分類学的に未決の部分も多いが、本稿では便宜上また近年の趨勢をふまえてこれらを「ゼニガタ」と表記した。
(2006年10月16日 千嶋 淳)
実際のとこ、文献的にどの程度研究されてるのか知ってたら教えていただけますか?
学術雑誌に載っているものも、大抵は事例報告的なもののように思います。海生哺乳類では、「Marine Mammal Science」にネズミイルカとイシイルカ、オタリアと何かの雑種とかについて報告があったような気がしますが、詳細は失念しました。飼育下のものは、もう少しあるかもしれませんが、勉強不足で把握できていません。
鳥類では特にキジ科やカモ科において、飼育下での交雑がさかんに行なわれてきましたが、これは戦前は華族、戦後は愛好家や動物園が主に担ってきたため、あまり論文にはなってないかもしれません。動物園関係の紀要みたいのには収められているのかもしれませんが、一般には入手は難しいです。
現在では、交雑の目に見える結果にくわえて遺伝学的な解析も可能なのだから、みつさんの仰るように飼育下での研究がもっとさかんになっても良いように思います。
ありがとうございました。