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昭和天皇を処刑しなかったマッカーサーの深慮遠謀

2023年12月21日 22時55分53秒 | ●政治・経済・社会問題

昭和天皇を処刑しなかったマッカーサーの深慮遠謀

2019年7月6日、百舌鳥・古市古墳群が世界遺産に登録されましたが、これは、戦後、GHQのマッカーサーが、「昭和天皇は死刑にすべき」と強く主張していた連合国のイギリス、オーストラリア、ソ連、中華民国の反対を押し切って、「昭和天皇を政治利用するために処刑しない」と決めた深慮遠謀が大前提にあることを知っておく必要があるでしょう。

歴史に「もし」はありませんが、「もし」マッカーサーが、昭和天皇を処刑し、日本の天皇制そのものを抹殺していたならば、現在の「象徴天皇制」「宮内庁」「天皇の政治利用」もありえませんから、「宮内庁」が、「不都合な真実」が出てくること恐れて、捏造された「天皇陵」への学術調査の立ち入りを制限することもないわけです。

百舌鳥・古市古墳群が世界遺産に登録されたからと言って、無邪気に喜ぶ理由はないどころか、天皇をおもちゃのように政治利用してきた安倍前政権、自公連立政権の「天皇の政治利用」を警戒すべきでしょう。

●百舌鳥・古市古墳群、世界遺産に(朝日新聞)
https://www.asahi.com/articles/ASM733TR2M73UCVL004.html

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昭和天皇を処刑しなかったマッカーサーの深慮遠謀
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●ユネスコの世界遺産委員会は、2019年7月6日、百舌鳥・古市古墳群が世界遺産に登録しました。

百舌鳥・古市古墳群は、古墳時代の最盛期(4世紀後半から5世紀後半)にかけて築造された、古代日本列島の王たちの墓群であり、古代日本の政治文化の中心地のひとつであり、大陸に向かう航路の出発点であった大阪平野に位置している。
墳丘の長さおよそ500mにおよぶものをはじめとする、世界でも独特な鍵穴型の前方後円墳が多数集まり、これらと多数の中小墳墓が密集して群を形成している。

本資産の古墳には、前方後円墳、帆立貝形墳、円墳、方墳という4種類があり、これらの型式は、日本列島各地の古墳の規範となった標準化されたものだった。
世界各地の多くの墳墓の墳丘が棺や室に盛土・積石しただけのものであるのに対して、古墳の墳丘は葬送儀礼の舞台として幾何学的なデザインを施し、埴輪などの土製品で飾り立てた建築的な傑作である。

本古墳群は、古代中央集権国家が成立する直前の時代にあって、激動する東アジア情勢への対応として展開した、墳墓によって権力を象徴した日本列島の人々の歴史を物語る顕著な証左でもある。
本資産は,古墳時代において,社会階層の違いを示唆する高度に体系だった葬送文化が存在し、古墳築造が社会の秩序を表現していたことを物語っている。
また本資産は、各地の古墳群が形づくる階層構造の頂点に位置し、列島一円の古墳群の群構成の規範となったものであった。


●天皇を政治利用する意図から創設=捏造された「天皇陵」

古墳群のうち「天皇陵」とされたものは、古代からそのように伝えられてきたわけではなく、江戸末期から明治にかけ、幕府や維新政府が、万世一系として天皇を政治利用する意図から創設=捏造されたものであった。
古代から中世までの天皇の「陵墓」がどこにあるかは、江戸時代になると全く分からなくなっていたのであり、そもそも、古墳に被葬者名は残されていない。
確たる証拠なしに、神武天皇から連なる万世一系の天皇の墓とみなす陵墓整備が、水戸藩による幕府への進言、天皇の権威を背景に成立した明治維新政府の手で進められました。


●発掘による「不都合な真実」を恐れる宮内庁=政府与党

「陵墓」に指定されている古墳のうち、天皇陵は41基、皇后陵は11基、皇太子などの墓は34基であり、天皇、皇后、皇子等を合葬したものを差し引くと合計85基あるが、天皇家の墓とされる「陵墓」は「尊崇の対象」であるとして、宮内庁は「静安と尊厳の保持がもっとも重要だ」という立場から、学術調査を含む立ち入りを厳しく規制してきた。
これは、発掘により、「仁徳天皇陵」「応神天皇陵」などと指定された根拠が崩れることを恐れているだけの理由である。


宮内庁の担当者は、「元禄年間に朝廷が仁徳天皇の墓と指定しました。宮内庁もこの見解を支持しています。
考古学者の間で諸説出ていることは認識していますが、墓碑銘などの100%確実な『仁徳天皇陵ではない』という証拠が出てこない限りは、指定を変える予定はありません」と、江戸時代の認定を覆すつもりはないようだ。
墳丘内の発掘調査で真相が明らかになることを期待する声は大きいが、今のところ墳丘内を発掘調査する予定はない。


●処刑を免れた天皇は、「象徴天皇制」のもと、新たな国民支配の道具として政治利用されてきた

第二次世界大戦後、連合国のイギリス、オーストラリア、ソ連、中華民国は、昭和天皇の戦争責任を追及し、「昭和天皇は死刑にすべき」と強く主張していた。
アメリカ国内でも、戦争終結直前の1945年6月29日に行われた世論調査によれば、「昭和天皇を処刑するべき」とする意見が33%を占めていた。
しかし、マッカーサーは、「天皇は処刑せず、生かしておいて、戦後の日本国民支配のために利用すべきである。敗戦したとは言え、天皇には、少なくとも、4個師団の軍隊に相当する政治力はある。利用しない手はないだろう。」との深慮遠謀の政治的判断で、大方の反対を押し切って、天皇をあえて処刑しないことにした。

マッカーサーは、「堀端(ほりばた)天皇」と呼ばれるほど、戦後日本の絶対権力者であったが、彼は、回顧録に「私は日本国民に対して事実上無制限の権力を持っていた。
歴史上いかなる植民地総督も征服者も総司令官も、私ほどの権力を持ったことはない。私の権力は至上だった。。。」と書いている。

処刑を免れた天皇は、日本国と日本国民統合の「象徴」とする「象徴天皇制」のもと、時の政権(支配者層)におもちゃのように政治利用されてきたが、最近では、安倍政権によるNHKをはじめとするマスメディア総動員により演出された「令和改元フィーバー」が記憶に新しい。
国民支配の道具として天皇を利用したい支配者層にとって、「陵墓」発掘によって「不都合な真実」が出てくることは「絶対にあってはならない」というわけである。

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参考資料
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●マッカーサー大戦回顧録 (中公文庫)
老兵は死なず ダグラス・マッカーサーの生涯。ジェフリー・ペレット
●アメリカはいかに日本を占領したか マッカーサーと日本人 PHP文庫
●その他

以上



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