【開幕】「奈良美智:The Beginning Place ここから」青森県立美術館で2024年2月25日(日)まで

奈良美智《Midnight Tears》2023年

国際的に活躍する美術家・奈良美智さん(1959年~)の個展「奈良美智:The Beginning Place ここから」が、10月14日から青森県立美術館で行われます。開幕前日の内覧会にうかがいました。

同美術館では、2012~13年の「君や 僕に ちょっと似ている」展以来、約10年ぶりの個展となります。本展では創作の転機となった震災以後の活動を主に振り返りながら、創造の原点となった生まれ育った青森県にも遡っています。

奈良美智《Dream Time》1988年
奈良美智《Untitled》1984年

まずは「家」に焦点を当てます。初期作品には、赤い三角屋根の一軒家が多く登場します。それは奈良さんが保育園に通う頃、緩やかな丘の上に建てられた実家のイメージです。しかし、その絵の家は時に傾いていたり、黒い噴煙や炎を吹き出すなど不穏な雰囲気も漂わせています。ドイツ留学が近づくにつれて、家のモチーフは存在感が薄くなっていきました。

奈良美智《Fire》2009年

2009年作の《Fire》は、家と女の子が共演しています。

奈良美智《カッチョのある風景》1979年

《カッチョのある風景》は1979年から約2年間在籍した武蔵野美大時代に描かれた油彩画です。津軽地方の集落を撮影した写真をもとに、閑散とした村の一本道にひとり佇むかっぽう着姿の女性が描かれています。「カッチョ」とは、画面右側にそそり立つ木製の暴風柵のことです。構図や色調から、岩手県ゆかりの画家、松本竣介(1912‐1948)の風景画の影響が見て取れるそうです。これを見ると高い画面構成力や、抒情性豊かな色彩表現力が伝わってきます。

奈良美智《Midnight Tears》2023年

次は「積層の時空」をテーマに、繰り返し描かれている女の子を取り上げています。人気アイドルグループの日向坂46が『ソンナコトナイヨ』(作詞・秋元康)で「切りすぎた前髪 奈良美智の絵だ」と歌われるのを聞くと、絵のイメージが思い浮かぶほどおなじみの女の子です。

《Midnight Tears》は今年描かれた最新作で、立体的な涙が印象的です。制作中に偶然垂れた絵具が涙に見えて、描こうと発想したそうです。

奈良美智《Invisible Vision》2019年
奈良美智《Slight Fever》2021年

以前の作品と比べると、《Midnight Tears》は大型化し、証明写真のように構図は切り詰められたことで、女の子の内面がより深く伝わってきます。輪郭はこれまでの線によるはっきりしたものから曖昧になり、直接知覚に訴える色彩の力を最大限生かそうとしています。よく見ると、涙を流している眼の下の口からは、わずかに歯が3本覗いています。落涙するときの感情の動きで、わずかに唇が動いたのでしょうか。そんな想像を働かせていると、「あの絵の女の子のように目が離せない」という続く歌詞にも深く納得してしまいます。

奈良美智〈トビウ・キッズ〉シリーズより 2017年

3つ目のテーマは「旅」です。津軽の農夫だった亡き祖父が、サハリンに出稼ぎに行っていた話を祖母から聞き、2014年夏にサハリンを旅しました。それから北の地への関心が高まり、北海道白老町の飛生とびうという小さな集落で開催された芸術祭にも参加しました。《トビウ・キッズ》シリーズは、周辺の森で集めた小枝を素材にした木炭で描いたドローイングで、これまでの絵ともイメージが違います。旅によって新たな表現も生まれています。

《No War》のバナー

続くテーマは「No War」。戦争に一貫して反対してきたスローガンは、奈良さんの作品にしばしば見られます。

奈良美智《Peace Head》2021年
奈良美智《Ennui Head》2022年

東日本大震災の後は、絵が描けなくなり、どうにか取り組めたのが粘土を手でこねることでした。こちらの立体作品は、その延長線上にあります。握りこぶし大の粘土の原型を2メートル以上に拡大した大作です。指で造形した跡が分かります。

《春少女》のバナー

そんな時期を乗り越え、やっと描き上げたのが《春少女》でした。明るい色彩には復興への希望が託されました。この作品は2012年7月に、東京・代々木公園で開催された「さようなら原発10万人集会」で、奈良さんの許可のもと、大きなバナーに複製され、ステージ上に掲げられました。また、ドローイングの《No Nukes》は、原発再稼働に反対するデモ参加者のプラカードとして複製されました。これらは奈良作品の社会への浸透力を示す例と言えるでしょう。

奈良美智《平和の祭壇》2023年

同じ部屋には、奈良さんのグッズなどが並んだ《平和の祭壇》というインスタレーションも展示されています。

ロック喫茶「33 1/3」再現 2023年
ロック喫茶「33 1/3」再現(室内) 2023年

そして最後が「ロック喫茶『33 1/3』と小さな共同体」です。高校3年生の時に店舗の建設作業にかかわり、開店後はバイトしながら通い詰めた弘前市内にあった店が再現されています。お客さんとソフトボールや花見をして小さなコミュニティーに対する関心が高まったり、店を作るなかで手作りする楽しさを知ったり、その後の創作活動の核が培われた場所でした。

奈良美智《あおもり犬》2005年

本展は青森県立美術館だけで行われて巡回はしません。その理由について、奈良さんは「展示だけではなく、外の風景や吸ってきた空気も含めて見てほしい」と話します。冬は、屋外展示されている《あおもり犬》が雪の帽子を被るなど、雪国ならではの楽しみも見つけられるでしょう。奈良さんが見た風景や、暮らしてきた冬の雪などを体験することで、奈良作品への理解はより一層深まるのではないでしょうか。(美術展ナビ編集班・若水浩)

奈良美智:The Beginning Place ここから
会場: 青森県立美術館(青森市大字安田字近野185
会期: 2023年10月14日(土)―2024年2月25日(日)
休館日: 1023日(月)、1113日(月)、27日(月)、1211日(月)、25日(月)~ 202411日(月・元日)、9日(火)、22日(月)、213日(火)
開館時間: 930 17 00(入館は1630まで)

1021日(土)、1118日(土)、129日(土)、2024年1月20日(土)、217日(土)はナイトミュージアムにつき20:00まで開館(入館は19:30まで)

観覧料: 一般 1,500 円、高大生 1,000 円、中学生以下無料
青森県立美術館ホームページ:www.aomori-museum.jp

◆プレビューはこちら

◆縄文から現代アートまで。「アートな旅」シリーズ青森編もご覧ください

◆奈良作品も多く展示されている群馬・原美術館ARCの「青空は、太陽の反対側にある:原美術館/原六郎コレクション」第2期(秋冬季)のプレビュー記事