【レビュー】圧巻!「浄瑠璃物語絵巻」の一挙公開ーーMOA美術館で「岩佐又兵衛 極彩色ワールド 重文 『浄瑠璃物語絵巻』」 5月23日まで

岩佐又兵衛「浄瑠璃物語絵巻」第11巻の一部

岩佐又兵衛 極彩色ワールド 重文 『浄瑠璃物語絵巻』
会場:MOA美術館(静岡県熱海市桃山町26-2)
会期:2023年3月17日(金)~5月23日(火)
休館日:木曜休館、ただし、5月4日は開館
アクセス:JR熱海駅バスターミナル8番乗り場から「MOA美術館行き」に乗車、終点「MOA美術館」下車すぐ
観覧料:一般1600円、高校生・大学生(要学生証)1000円、65歳以上(要身分証明)1400円、中学生以下無料。
※最新・詳細情報は公式サイト(https://www.moaart.or.jp/)で確認を。

“絢爛にして野卑”。『悪場所の発想』などの著作で有名な昭和の碩学・広末保氏は岩佐又兵衛のこの作品、「浄瑠璃物語絵巻」をこう形容したという。上の画像はその絵巻の第11巻の一部。なるほど、広末氏の言葉の意味が何となく分かってきた。きらびやかで華麗な絵巻の世界の中に潜むエグ味、荒々しさ。何とも魅力的な世界が展開されているのである。

岩佐又兵衛「浄瑠璃物語絵巻」第1巻の一部(画像提供:MOA美術館)

岩佐又兵衛(15781650)は、大和絵と漢画をないまぜにした独特の画風で、「浮世絵の源流」ともいわれる画家である。織田信長に仕えた有力武将、荒木村重の子か孫で、狩野派や土佐派など、様々な流派の絵を学んだらしく、京都、福井、江戸に居住、自らの工房を持って数多くの作品を制作したという。「浮世又兵衛」の異名を取ったこの人をモデルにしたのが、歌舞伎や文楽で数多く上演される『傾城反魂香』の『土佐将監閑居の場』に登場する絵師・浮世又平である。

「浄瑠璃物語絵巻」は江戸初期に制作された12巻の絵巻。源義経が牛若丸と名乗っていた時代、奥州に下る途中、三河で出会った浄瑠璃姫との恋物語を描いたものである。中世末期に成立したこの物語は当時、とても人気があったらしく、これを「語っていた」芸が「浄瑠璃」といわれるようになった、とモノの本にはある。その「古浄瑠璃」の正本をもとにして作ったこの絵巻は、金銀泥をふんだんに使用し、着物の柄、木々の枝振りなど、実に細密に描かれている。豪華できらびやか、重要文化財に指定されているのも、むべなるかな。

岩佐又兵衛「浄瑠璃物語絵巻」第5巻の一部、中央部分を拡大したのが下の画像だ

12巻の絵巻物、と簡単に書いたが、1巻の長さは約10メートル。それが12巻あるのだから、全体で120メートルにも及ぶ長大な作品だ。今回の「全巻展示」は、それぞれの巻のハイライトシーンが的確に選ばれ、話の筋が分かりやすいように展示されている。

15歳の春、平家討伐を志した牛若丸は、鞍馬の山を出て、奥州に向かうのだが、三河国矢矧宿に泊まった夜、宿場で名高い長者の家から漏れてくる管弦の音に合わせ、自ら笛を演奏する。それに気付いたのが、琴を演奏していた浄瑠璃姫。そこから2人の文のやり取りが始まり、やがて牛若は姫の寝所へ忍んでいくことになるのである。上に挙げた「第1巻の一部」は、牛若が管弦の音を聞いているところ。「第5巻の一部」が寝所に忍んでいったところ。姫も牛若も頬がぷっくりした独特の顔立ちだが、「豊頬長頤」の人物表現は又兵衛独特のもので、後の美人画などに大きな影響を与えたのだという。とにかく前半はこんなふうに、まるでハーレクインロマンスのような、雅な恋物語が続いていくのである。

岩佐又兵衛「浄瑠璃物語絵巻」第9巻の一部
岩佐又兵衛「浄瑠璃物語絵巻」第10巻の一部

浄瑠璃姫と契りを交わした牛若は、再会を約束し、奥州へと下っていく。その途中、病を得た牛若はいろいろあって蒲原宿で海辺に放置されるのだが、源氏の家宝が大蛇やカラスなどに変じて、その姿を見守っている。源氏の氏神によって届けられた手紙で牛若の苦難を知った浄瑠璃姫は牛若の後を追い、必死の祈願で病を治す。そして、牛若は「将来必ず正妻に迎える」と約束し、カラス天狗に姫を家まで送らせる――。

前半とは打って変わって、「異形の者」が多数登場する後半。上に挙げたのは、「源氏の家宝」の化身の龍と、浄瑠璃姫の道中、雨を降らす雷神の姿だ。冒頭の絵で、背中に姫を乗っけているのがカラス天狗である。これら「異形の者」を描く又兵衛は、とてもダイナミックなタッチで、荒々しくも魅力的な世界を創り出す。前半の雅さとの対比が、とても印象に残るのである。

絵巻物の見方を分かりやすく説明するため、「デジタル絵巻」も作られている

長大な絵巻物を昔の人たちは、どんなふうに楽しんだのか。「デジタル絵巻」で観覧者がそれをシミュレートしてみることもできる。丁寧な説明。分かりやすい展示の手法。所蔵品の状態がとてもいいこともあり、「浄瑠璃物語絵巻」の魅力が十分に伝わってくる展覧会だ。「豊頬長頤」の人物たちは、ある時はユーモラスであり、ある時は残酷でもある。古浄瑠璃の物語世界は荒唐無稽なまでに波瀾万丈なのだが、どこか人の世の無情とリアルをえぐり出しているようにも見えたりする。

岩佐又兵衛《柿本人麿図》(右)と《紀貫之図》の展示
岩佐貞雲の《源氏物語屏風(若紫・夕顔・野分)》の展示

「浄瑠璃物語絵巻」以外にも、《柿本人麿図》、《紀貫之図》(いずれも重要文化財)などが展示されており、絵巻物とはひと味違った又兵衛の作品を楽しむことができる。その作風を受け継ぐ岩佐貞雲の《源氏物語屏風(若紫・夕顔・野分)》も面白い。まあ、それにしても圧巻なのは、“絢爛にして野卑”な絵巻物。MOA美術館にはあと2つ、「山中常盤物語絵巻」、「堀江物語絵巻」という又兵衛作の絵巻物があるから、その展示も楽しみに待つことにしよう。

(事業局専門委員 田中聡)

展示会場の入り口はこんな感じです