2017.04.11

岡田武史さん 特別講演会開催レポート

元サッカー日本代表監督、岡田武史さんによる講演会が3月9日に開催されました。
テーマは「逆境を乗り越えた指揮官の新経営論」
監督として日本を2度のサッカーW杯へ導いた岡田さんは、2014年11月、四国サッカーリーグ、FC今治の運営会社「株式会社今治.夢スポーツ」のオーナー経営者に就任しました。
そして現在は、CMO(チーフ・メソッド・オフィサー)として、グラウンドに立ち、選手の指導にもあたっています。



チームは今年度からJFLに昇格し、近い将来のJ1参入を目標に、次々と改革が進められています。
「サッカーチームも企業も、夢を語り、人を動かすことがトップの仕事」だという信念を貫き、新しい企業のあり方に挑んでいる岡田さんが語った未来への経営をレポートします。

ザッケローニとエディ・ジョーンズ

2014年にブラジルで開催されたサッカーW杯で日本は1勝もすることなく(2敗1分)、敗退しました。
メディアはザッケローニ監督の戦術を酷評しましたが、岡田さんによれば彼に戦術のミスはなく、日本人気質への理解が足りなかったことが、敗戦の大きな理由のひとつだそうです。

日本人は己の美学に酔うあまり、勝負に対する執着心が薄まってしまう傾向が強いと分析する岡田さん。
「『俺たちのサッカーをしよう!』と選手はよく口にするけど、それは『俺たちのサッカーをまっとうして負けるなら仕方ない、諦めよう。』という言い訳になる危険を含んでいる。
でもザッケローニ監督は、W杯という最高の舞台で勝利より美学を重視する日本人選手がいることを理解できなかった。それが結果に繋がってしまったのだと思います」



一方、2015年にイングランドで開催されたラグビーW杯で日本チームは南アフリカに歴史的勝利を収めるという、旋風を巻き起こしました。
監督のエディ・ジョーンズ氏には日本人の血が流れているし、奥さんも日本人だったから、日本人の美学がある程度は分かっていたのではないか、というのが岡田さんの推論です。

サッカーもラグビーも、試合が始まれば監督が選手に直接指示することはできません。
選手たちが自ら考え、行動を起こすのです。

だからこそ、試合に臨む選手全員の意志を統一させ、一丸となって勝利に挑むマインドを育てることが指揮官の重要な仕事なのだと岡田さんは言います。
これはビジネスの世界にも共通しますね。

さて、ここからが講演会の本題。FC今治の経営者となった岡田さんが、選手とスタッフ全員に岡田イズムを定着させ、チームをゼロからつくり上げるために、まず着手したのは、次の3つの教えを徹底させることでした。
どんな組織においても、核となる部分です。


3つの教えと夢

1・チームモラル
時間を守る、ロッカーを綺麗にする、挨拶をしっかりする......、サッカーの勝敗とは関係ないように思われますが、これらの社会人としての常識がしっかりと備わっているメンバーでないと、強いサッカーもできないというのが岡田さんの考え方。
優れた建築技術でビルを建てても、土台が悪ければ倒壊してしまう恐れがあるのと同じことです。

岡田さんは、以前別のチームを指揮していたとき、毎朝6時にクラブへ行って自ら全員のユニフォームをたたみ、スリッパを揃えました。
すると2週間後、選手たちが自主的に行うようになり、チームの雰囲気も変わっていったと言います。
「指示してやらせるのではなく、自然と自分でやるようにもっていくことが大事」と岡田さんは説明します。
この話のときに、岡田さんが例えとして紹介したのが『割れた窓理論』。
アメリカの心理学者が唱えた説で、ビルの窓ガラスを割れたままにしておくと、そのビルは十分に管理されていないと思われ、ごみが捨てられ、盗人に狙われやすくなる。
やがて地域の環境が悪化し、凶悪な犯罪が多発するようになる、という犯罪理論です。

かつてニューヨークの市長だったジュリアーニ氏は、この理論を応用し、地下鉄の落書きなどを徹底的に取り締まった結果、治安回復に劇的な成果をあげました。


2・プロフェッショナル・リズム
トレーニング・休養・栄養。この3つをバランスよく調整できてこそ成果が上がることを教え、守らせました。厳しいトレーニングをこなせば、体力も落ちるし疲労も蓄積します。
この体力の低下と疲労の蓄積を確実に快復させてから翌日もトレーニングを重ねてこそ技術が向上する。
でも練習の後、夜遊びして、偏った食事で済ませたまま翌日の練習に臨むと、身体が思うように動かず、トレーニングメニューもこなせなくなるのです。これでは練習を積み重ねる意味がありません。
厳しい練習だけならアマチュアでもできますが、疲労を翌日に残さないよう、私生活も管理するのがプロ。
そこまで徹底してこそ、多くのファンを魅了し、たくさんのお金を稼ぐことができる。
才能に恵まれながら活躍できなかった選手の多くが、この自己管理を怠った結果だと言えます。


3・フィロソフィー
指揮官としてスタッフ全員に共有させたい哲学として、以下の6つのキーワードを掲げました。

ENJOY
サッカーを始めたころの楽しさを忘れないこと。ただし、本当の楽しさを知るためには自分の責任でリスクに挑戦しなければならない。

OUR TEAM
自分のチームという意識を忘れない。監督でもキャプテンでもなく、自分がチームを導くという覚悟をもつこと。

DO YOUR BEST
勝利への執着心を常に持ち、全力を尽くす。練習であっても負けていい試合など無い。勝つためにベストを尽くすから、例え負けても得るものがある。

CONCENTRATION
過去を悔やんだり先の心配をするのでなく、今できることに集中する。

IMPROVE
常に前向きに進歩する努力をする。進歩は決して右肩上がりの直線ではなく、波を描くもの。しかし、その底にいるときに深くしゃがみ込むからこそ、より高く飛べる。

COMMUNICATION
お互いを認め合うために意思疎通をする。

岡田さんが徹底させた3つの教え、どれもが技術・戦術などノウハウ以前の問題でした。
強い組織つくり上げるためには、全員が同じマインドを共有し、その上で自己を向上させる必要があると、教えてくれました。



岡田さんが次に語ってくださったのは、組織のリーダーが大きな夢を抱き、言葉にすることの大切さ。
例えそれが、初めは単なる妄想でも、実現に向けて周囲を巻き込んでいくことの重要性でした。

「脚本家の倉本聰さんが教えてくださったのですが、倉本さんは脚本を書く前に、登場人物一人一人の年表を作成するそうです。
生年月日、出身地、家庭環境はもちろん、大怪我をしたこと、恋愛経験、カラオケで歌ってきた曲、国内外の時事ネタまで、一人の人物の半生を創作するんですね。
そうして生み出したキャラクターを何人も重ね合わせて、壮大で濃密なドラマ世界を創造するそうです。
もの凄い妄想力だと思いませんか? でもね、僕も妄想なら負けませんよ」

そう語った岡田さんの妄想は、今治をスポーツと健康をテーマにした観光都市にすること。
コンサートやイベントも開催できる複合型の大型サッカースタジアムを建設し、ITを駆使した医療施設とホテルも併設する。
トップアスリートが指導するトレーニング施設をつくり、全国から子供たちを招く。そして彼らをホームステイさせて市民の皆さんと交流してもらう。
海外から人が集まれば市民の英語力もアップするし......、と次々と広がる構想を披露してくれました。

もちろん実現の可能性など誰にも分からないけれど、熱く語る岡田さんの生き生きとした表情から、人はこんな風に熱く語り、努力する人の背中を追うものだと教えられた講演会でした。

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