ジョコビッチの強さの根源に見える禅マインド~史上初ダブル生涯グランドスラム達成:2021全仏➀ | ユマケン's take

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  あまりにすごいことが1度に数多く飛び出してくると、何から始めていいかのか分からなくなる。

 現世界テニスNO1のジョコビッチが2021年の全仏OPを制した。だが、そこにはこの栄冠が枯れ葉のように吹き飛ぶような数々の偉業が含まれている。





 客観的な偉業順位でゆくと、これでジョコビッチはダブル生涯グランドスラム・つまり生涯グランドスラムを2回成し遂げたことになる。

 

 4大大会をそれぞれ2回以上、2周回って全制覇したということ。オープン化以降、彼がテニスの歴史で初めての達成者になった。なぜ今まで、1人も出てこなかったのかについては次回に解説したい。

 次には、この16年間、クレイ・キングとして13度の全仏優勝を成し遂げたナダルを倒してローラン・ギャロス優勝を果たした初めての選手になったということ。ジョコビッチは2015年、ナダルを全仏で初めて倒したが、その決勝ではもう1人の宿敵ワウリンカに破れ去っている。

 そして、最初の2セットを落とす2セットダウンからの逆転勝利を2回重ねてグランドスラムを獲った初めての選手にもなった。

 

 もう1つ、ジョコビッチはこれでグランドスラム19回の優勝記録を作った。だが、これだけは20回で史上最多のナダル・フェデラーに1つ足りないという意味で、皮肉にも今回、唯一の不名誉な記録になったのではないか。

 

 10年以上、このブログではジョコビッチの偉業を書き続けてきたが、今回はその中でも特別なものになるだろう。2回に渡ってお届けしよう。


ナダルに打ち勝った技術的な要因



 今大会、ジョコビッチにとって最大の山場はやはりナダル戦。2015年の一戦以外、勝ったことがないジョコビッチはいかにして打ち破ったのか。

 何しろナダルはこの試合まで16年の全仏OP史上、105勝2敗の戦績クレイキングというよりクレイモンスターとも言える存在だった。

 

試合時間は4時間11分

スコアはジョコ―ナダル{3-6、6-3、7-6、6-2}
 

 この激戦をひと言で表せば、ジョコビッチがナダルの猛攻を封じ、他のサーフェス同様、得意な長期ラリー戦に引きずり込むことで勝ったと言える。

 

 そして本質的には長期ラリーの反復プレイ中

に表れる精神力の差があった。

 

 ナダルにはローランギャロスの赤土で異様によく跳ね上がる“フォアハンド・スピン”という最強の武器がある。

 だがジョコビッチは年々、それに特化したリターン力を身につけており、今大会で完成形になったと言える。ベースラインから下がった中、跳ね上がるスピンを何度も打ち返してナダルの気力を奪った。

 またナダルのバックにボールをうまく集めることで、スピンの数を減らすことにも成功。ドロップショットを多用して、ナダルのペースを乱したことも大きかった。これは特に今大会で新たに身につけた武器だとも言える。

 いつものように守り勝つテニスでもクレイキングを苦しめた。強烈なスマッシュでジョコビッチからギリギリのリターンを引き出し、チャンスボールだと思って前へ出るとその返球がなぜか深くて逆に下がらされてしまう。ナダルが一体何度、こうして追い込まれたことか。これぞジョコビッチの強みだ。

 

 

ただではセットを落とさない王者のテニス

 

 しかし何よりも大きかったのは強靭な精神力だった。今大会の優勝インタビューで、ジョコビッチはフィジカル・トレーニングと同様に、メンタル・ワークを必死にやって来たのが報われたと語っている。それがこの準決勝でも明白に表れることとなった。

 まず、1セット目の落とし方が素晴らしかった。落とし方が素晴らしいとは、どういうことか!(^^)!。

 

 テニスというものはスコアでリードする事以上に、精神的に優位に立つことが大切になる。つまりジョコビッチは1セット目を落としながら、気持ちの上で優位な流れを作り出したのだ。

 第1セットは(0-5)となり、いつものようにナダルの圧勝劇が始まったかのように見えた。普通の選手なら勝ち目はないので、早々にセットを譲る。だがジョコビッチはそこから3ゲーム連続で奪った。なぜ、そんなムダなことをするのかと、多くの人は思うだろう。

 それは精神的な駆け引き上、大きなメリットになるからだ。第1セット、ジョコビッチは結局、(3-6)で落としたのだが、精神面ではナダルを追い込むことができた。3ゲームを連取してみせたことで、いつでも反撃ができるという脅威を与えることができたからだ。

 ジョコビッチは毎回グランドスラムで、特に劣勢の中でメンタル面の駆け引きを上手く用いている。結局、彼はこの後の試合の流れをつかみ3セット連取でナダルを打ち破ることになった。

 

 また、0-5の劣勢から挽回できたのもまた、強靭な精神力のおかげだ。普通ここまで点差が開けば、それだけで自信を失うものだ。しかし後のインタビューで、ジョコビッチは去年よりいい返球ができているという確信があったので、0-5でもまったく動じなかったということを言った。

 

 そこにはスコアという表面的な結果に左右されない、冷静な判断力とブレない意思の力がある。このような精神力が劣勢を跳ね返す上で最大の武器になるのだ。

 

 

 

ラリーをいつまでも続けられる禅マインド



 

 そして、ジョコビッチは精神力そのものにも優れている。それは長期ラリー合戦で表れる禅マインドとも言える無の境地である。

 

 ナダルはラリーに持ち込まれるとジョコに勝てない。それは体力ではなく、精神力の差によるものだ。今大会、ナダルは1セットも落とさず万全の状態で準決勝に臨んだ。対するジョコは4回戦で5セットマッチを経験している。

 

 だが、この試合、長期ラリーなになるとナダルが根負けしてミスを繰り返した。その第一因は、ジョコビッチが、ラリーというほぼ同じ行為の反復作業をずっと出来ることにある。回数が多いほど反復作業は苦痛になる。だが、ジョコビッチはそれを苦にしない。

 若手のメドベージェフは、この点からジョコビッチをサイボーグだとよくからかっている。だが実際、同じことの反復行為とは人間の精神力が最も試されるものである。

 

 多くの人が反復を嫌うのは、それがその人らしさを奪うからだ。テニス以外でも、反復作業が異様に続くと人は正気を失ってゆく。例えば、それは自分の名前を100回続けて書くようなことだ。

 

 テニスのラリー合戦の過度な反復もそれと同じ。だから普通の選手は出来るだけ早く勝負をつけようとする。ナダルやフェデラーがジョコとの長期ラリーでいつも根負けするのも結局、体力や集中力の問題ではない。それは過度な反復の中で自分を見失う恐怖に耐えられないからだと言える。

 

 

一方、ジョコビッチはまるで禅僧のように

無の境地に入れる。

自分を超えた超自我・禅マインドともいえる

精神力を持っている。

そのため何度でもずっと同じラリー

を繰り返せるのだ。

 

 

 もちろん、それには強靭な体力や技術がなくてはならない。しかし、僕は、この禅マインドにこそ彼の長期ラリーの強さの根源を見る。

 

 バドミントンの桃田健斗もこの点で非常にジョコビッチと似ている。彼もまた5分以上続くようなラリー合戦を平気でやりこなすような無の精神力を持ち合わせている。(パート2に続く)