最近は家にこもってばかりでしたが、週末に天気が良かったので午後からドライブしました。目的は決めず、群馬県内を北上。走っているうちに以前養蚕研修で通っていた箕郷方面の道に出ました。そこで、これまで気になりながらも曲がったことのない路地に入ってみることに。車がやっとすれ違えるような静かな住宅街の道をいくつか曲がると神社がありました。

 

高崎市箕郷町の村社「卜神(ぼくしん)諏訪神社」。神社の看板によると、ここは塚原卜伝という戦国時代の剣豪が武に励んだ場所で、卜伝の卜を取って卜神という地名にしたとあります。本殿の西は湿地で、水をたたえ、奥には滝があり、卜伝は滝に打たれて身を清め剣の道に励んだそうです。現在その場所には弁財天の石碑が面影を残すのみで、水は見られませんでした。

 

 

 

 

 

この神社、まったく予想していなかったのですが本殿の東に蚕影山(こかげさん)が祀られていました。碑の裏には、明治20年(1887)5月23日の雹害で桑葉が使えなくなり、蚕をこの地に埋め蚕霊を祀ったと記されています。

 

この辺りの蚕の供養碑だと高崎市指定史跡の「柏木沢の蚕影碑」が有名で、同じ年月日に雹害に遭い建てられました。当日は60センチメートルに及ぶ雹が降ったそうです。坂本英一著『養蚕の神々』の文中には、明治20年の雹害の碑について "農民は「蚕の霊」の存在を信じ、その供養を通して今後の養蚕の安全を願った。供養を行うことで「安全祈願」から「豊蚕祈願」をこめたものであった" とあります。

 

悲しい碑ではありますが、この1つ目の訪問で「蚕」に縁があったものですから面白くなりまして、その後も、のらりくらりと神社仏閣を数ヶ所巡りました。その中から出会った蚕碑をご紹介します。

 

 

 

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こちらは榛東村にある「宿(しゅく)稲荷神社」。ここも道路から幟が見えていて、以前から気になっていました。神社の隣にはカフェもあります。カフェには寄らなかったんですけどね。ここは楽しかったので、おすすめします。

 

 

 

 

 

この神社は、江戸時代末期の見事な彫刻が施された社殿が有名です。獅子舞も村指定文化財です。ネットで検索すると紹介されるのは、この2点のことばかりでした。他の部分を紹介するサイトに出会わなかったので、そこも合わせてご紹介します。

 

 

 

 

 

社殿の右側には「蚕影山大神」の石碑がありました。堂々とした風格です。碑の台座はちょっとした富士塚のようです。

 

この石碑についての案内板は無し。碑裏の文字はわかりづらいのですが、建立は明治21年4月8日ですから、上述の碑と同じ供養碑かもしれません。

 

 

 

 

 

 

碑の裏を見ていたときのことですが、夫が写真→のところを指さしました。

ん??

 

 

 

 

 

足下にあったのに、わたしはまったく気づきませんでした。塚の景色の一部にしか見えません。のぞき込むと溶岩の間に「奉納」と刻まれたアーチ型の穴がありました。

 

これだけでわかった人は勘が良いですね。

私は数十秒考えてしまいました。

正解は、たぶんですがキツネの家です。

 

 

 

 

 

観察すると、素焼きの土管が数メートルにわたり土に半分埋もれるかたちで設置されています。そして反対側にも穴がありました。つながっているのです。私は穴をこれ以外にもう1つ見つけました。全部載せるとつまらないのでよしておきます。ぜひ参拝時にご覧ください。

 

 

 

 

 

稲荷神社でのこうした奉納物は一般的なのでしょうか。私は初めて見ました。帰宅後、いろんなキーワードで検索しましたが、これに当たるような物件は見つけられませんでした。奉納の土管は、半世紀は経過していそうです。どなたが、どんな理由で奉納したのでしょう。勝手に、お伽話のようなことを想像して楽しくなりました。

 

 

 

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さて、ドライブは続きます。

移動中、新しい住宅が並ぶ一角に石碑が数基建つ小山が見えました。のらりくらりの旅ですから、ここにも寄ってみることに。

 

 

 

 

 

鳥居をくぐり、向かって左側の石碑が大きな角柱に笠を載せた珍しいデザインだったので目を引きました。これは「孝経(こうきょう)の碑」というそうです。江戸時代、寺子屋教育で孔子の教えを元とする学問が行われ、それとともにこのような碑を建てる慣わしが各地にあったそうです。初めて知りました。この碑の四面には古文の孝経22章全文が刻まれているのだとか。

 

 

 

 

 

そして、ここにも蚕影大神の石碑がありました。ここは珍しいことに「蚕」の字が虫の上に神の異体字「䗝」になっていました。裏を確認し忘れたので建立年月日や謂れはわかりません。

 

 

 

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孝経の碑から程近いところにある「聖宮神社」にも立ち寄りました。

社殿が立派でした。神楽殿があり、太々神楽が舞われるようです。

 

 

 

 

 

まったく期待しておませんでしたが、こちらにも「蚕影山」の石碑がありました。それも「䗝」です。あまり見ることのない漢字なのに、この日だけで2箇所も見ることが出来ました。

この碑についての看板は無し。建立は明治44年。たぶんですが、何かの記念に建てたもので慰霊碑ではなさそうです。石碑の背景に紅梅が開花していて心和みました。

 

以上がこの日の成果です。箕郷町と榛東村だけですが、巡った場所が全て蚕影山神社信仰でした。蚕影山神社は、茨城県つくば市にあります。金色姫伝説のあるところです。養蚕守護、蚕影信仰の総本山として知られています。蚕影山信仰は関東地方のほぼ全域に広がっているそうです。特に群馬県には多いようなのですが、私が住んでいる安中市内では絹笠信仰の方が多く見かける気がするので、今回は新鮮でした。

 

蚕影山神社には2012年に参拝しました。ブログがあるのでご興味ありましたらご覧ください。→「常陸国にて」

 

 

 

 

 

その後、伊香保温泉で温まろうかと立ち寄りましたが、春になり観光にいらっした方で大賑わい。のんびり湯につかりたかったので榛名湖まで足を伸ばしました。榛名湖は凍っていましたよ。陽が差す岸辺はずいぶん溶けてきていましたが。よく考えたら私は湖が凍ってるのを見るのは初めてです。ウキウキ。

 

写真は、氷の割れ目に足を突っ込んでみたところ。この間抜けな後ろ姿が、とっても私らしかったので載せてみました。榛名富士素敵でした。