『おくのほそ道』 第49回 種の浜 | 奈良の鹿たち

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『おくのほそ道』

  第49回「種の浜

(いろのはま)

 

(海上七里 種の浜)

(種の浜 元禄二年八月十六日)

 

第49回「種の浜(いろのはま)」(原文)

十六日、空晴れたれば、ますほの小貝(こがい) (ひろ)わんと、種の浜(いろのはま)に舟を()す。

海上七里あり。

天屋(てんや) 何某(なにがし)と云う者、破籠(わりご)小竹筒(ささえ)など 細やかにしたためさせ、(しもべ) 数多(あまた) 舟にとり乗りて、

追い風 時の()吹き(ふき)()きぬ。

浜はわづかなる 海士(あま)小家(こいえ)にて、(わび)しき法花寺(ほっけでら)あり。

(ここ)に茶を飲み、酒を温めて、夕暮れの寂しさ 感に()えたり。 

      寂しさや 須磨(すま)に勝ちたる 浜の秋

  波の間や 小貝にまじる 萩の(ちり)

其の日のあらまし、等栽(とうさい)に筆をとらせて寺に残す。

 

(現代語)

十六日、空は晴れたので、「汐そむるますうの小貝ひろふとて種の浜(色ヶ浜)とはいふにや有らん」と西行法師によって詠まれたますほの小貝を拾おうと、種の浜に舟を出す。そこまで海上を七里(28km)。天屋何某という人、わりご・ささえなどこまごまと用意して、下僕を大勢舟に乗せてきてくれた。追い風に押されてあっという間に種の浜に着いた。浜は海人の家などもわずかにあるばかりで、侘しい法華寺が一軒あるのみ。ここで茶を飲み、酒を温めて、秋の夕暮れの浜の寂しさを心行くまで堪能した。

 「寂しさや須磨にかちたる浜の秋」

 「波の間や小貝にまじる萩の塵」

その日のあらましは、等栽に記録させて寺に残しておいた。

 

(語句)

●「種(いろ)の浜」:敦賀湾の「色ケ浜」。曾良の旅日記には、「九日、色浜へ趣。海上四里」

 とあり、当時は陸の孤島で舟以外の交通手段は無かったとか。芭蕉は「海上七里」、曾良

 には「四里」とあるが、実際は二里足らずとのこと。
●「八月十六日」:現在の9月29日に当たる。

●「ますほの小貝」:西行にゆかりのもので、小さな桜貝のような貝。
   『汐染むる ますほの小貝拾ふとて 色の浜とは いふにやあるらん』(「山家集」)

●「海上七里あり」:実際は海上3里(12km)という。

●「天屋何某」:天屋五郎右衛門。 敦賀の廻船問屋。俳号:玄流。

 『十一日:快晴。天屋五郎右衛門を尋ねて、翁へ手紙認(したた)め、預け置く。五郎右衛門に

 は逢えず。』とある。
●「割籠(わりご)」:木で作った折り箱で、今で言う弁当箱。
●「小竹筒(ささえ)」:酒を携帯するのに用いた竹筒。
●「僕(しもべ)」:召使や使用人のこと。
●「侘しき法花寺あり」:本隆寺のこと。「曾良・旅日記」では、『九日:色浜へ趣く。海上四

 里。戌の刻、出舟(陸は難所)。夜半に色(浜)へ着く。塩焼き男導きて、本隆寺へ行て宿』

 ―とあり、寺に泊っている。
●「須磨」:現在の神戸市須磨区に当たり、その海岸を指す。近流(流刑で最も刑の軽いもの)

 の場所でもあり、「源氏物語」の「須磨」では光源氏が一時蟄居した所でもある。古来歌枕と

 しても有名な寂しい浜だが、その須磨よりもっと寂しさが勝っているということ。
●「小貝にまじる萩の塵」:「ますほの小貝」は爪くらいの小さな貝とのことだが、その赤い小

 貝に混じって萩の花が散っている、ということ。
●「等栽に筆をとらせて寺に残す」:本隆寺に伝存する懐紙に、『気比の海の景色に愛で、色の

 浜の色に移りて、「ますほの小貝」とよみ侍しは、西(行)上人の形見成けらし。されば、所

 の小はら浜で、その名を伝えて、汐の間をあさり、風雅の人の心をなぐさむ。下官、年比思ひ

 渡りしに、此たび武江(武蔵国江戸)芭蕉桃青・巡国の序、この浜に詣で侍る。同じ舟に誘わ

 れて、小貝を拾い、袂に包み、盃にうち入なんどして、彼の上人の昔をもてはやす事になむ。

 越前福井・洞哉(等栽)書。「小萩ちれ ますほの小貝 小盃(こさかづき)」 桃青(とうせ

 い:芭蕉の別称) 元禄二年・仲秋』

 

(俳句)

  「寂しさや 須磨に勝ちたる 浜の秋」

    寂しいと言われている須磨よりも、この秋の種の浜の寂しさはまさっていてひとしおで

    ある。

  「波の間や 小貝にまじる 萩の塵」

    種の浜に打ち寄せる波の合い間に、美しいますほの小貝に海辺に咲いた萩の花びらが混

    じっている。

 

(写真)

 

 

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次回は 第50回(最終回 )「大垣」

 

 

    (担当H)    

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