1970年代後半、一時期はテレビで見ない日はないほど人気を誇ったピンク・レディー。このシリーズでは、現在DVDなどで視聴できる当時の出演映像をピックアップしてご紹介している。今回はデビューの4か月後、ミーちゃんケイちゃんがあの欽ちゃんの番組に出演し、コントに挑戦した貴重なシーンに注目する。


「ピンク・レディー in 夜のヒットスタジオ〜フジテレビ秘蔵映像集〜」より引用(以下の画像も同じ)


2011年に発売された4枚組のDVDボックス「ピンク・レディー in 夜のヒットスタジオ〜フジテレビ秘蔵映像集〜」には、「夜ヒット」以外のフジテレビ系列の番組にピンク・レディーが出演した時の映像がDVD2枚にわたって収録されている。その中で最も早い時期に放送されたものの一つが、76年12月25日放送の「欽ちゃんのドンとやってみよう!」である。


ご存知の通り、同番組は欽ちゃんこと萩本欽一さんがメインのバラエティ番組で、「欽ドン!」の略称で親しまれた。放送は土曜日の夜7時半からの90分。裏番組に当たるザ・ドリフターズの「8時だョ!全員集合」(TBS系)と人気を二分し「土8戦争」と言われたことでも知られる。当時、土曜の夜ともなると、テレビの前に陣取って、チャンネルを変えながら2つの番組を交互に観ていた子どもは、僕を含めて多かったのではないか。


どちらの番組も、メインの欽ちゃんやドリフに加えて、毎週ゲストで出演する人気歌手たちの存在が欠かせなかった。歌手たちは番組内でそれぞれのヒット曲を歌うだけでなく、当然のように欽ちゃんやドリフと絡んでコントを演じていた。今のテレビはどんな番組でも必ずと言っていいほど芸人がキャスティングされているが、当時は演芸番組を除くと、バラエティであっても芸人より歌手が出演する方がずっと多かったように思う。


今はアイドルでもモデルでも、芸人と並んでひな壇に座り、何かのエピソードを喋っては芸人にいじられたり返したり、要するに口先で笑いをとってナンボみたいな風潮になっているが、当時はそれとは全く違う。あの頃の歌手たちは歌はもちろんのこと、求められればコントでもしっかり役割を演じて視聴者を楽しませるだけの芸があり、それだけプロ意識の高い人が多かったように思う。


さて、ピンク・レディーが「欽ドン!」に登場したのは、デビューしてまだ4か月、デビュー曲の「ペッパー警部」がヒットして、世の中に注目され出した頃である。この時は「母と子の会話」のコーナーで、母親役の欽ちゃんに対して、ケイちゃんが子ども役、ミーちゃんが隣の奥さん役を演じている。


「欽ドン!」はもともとニッポン放送のラジオ番組「欽ちゃんのドンと行ってみよう!」のテレビ版として企画された。ラジオではリスナーから短いコント(というか、小噺的なもの)を募集して欽ちゃんが読み上げていたが、これをテレビ化するにあたって、例えば「母と子の会話」では視聴者からの投稿ハガキをもとに母親役の欽ちゃんと子ども役などのゲストが掛け合うスタイルとし、山野ホール(東京・代々木)にお茶の間のセットを組み、観客を入れて収録を行っていた。


この時の映像で、ファンの目を楽しませてくれるのは、何と言ってもケイちゃんのセーラー服姿である。この年、静岡の高校を卒業したばかり。さっき学校から帰って来たところと言っても、全く違和感がない。こんな可愛い子がクラスにいたら、絶対好きになるでしょう。



一方、隣の奥さん役のミーちゃん。最初はハガキに書いてあるセリフを言うだけだったが、欽ちゃんから身振り手振りをつけて、とダメ出しが。やり直すと、もっと色気を出してと、またダメ出し。欽ちゃんに合わせて、身体をくねくねさせるミーちゃんの不思議な動きに笑いが起きる。まさに欽ちゃんの笑いの王道パターンである。名コンビ「コント55号」では、相方の坂上二郎さんの行動に欽ちゃんが難癖をつけて何度もやり直しをさせ、困った二郎さんが繰り出すとんでもないリアクションが爆笑を誘っていた。(ウチの親などは「55号」のコントを見て「欽ちゃんはしつこくて嫌い」と言っていたが…)投稿ハガキを読み上げるだけでなく、こうしてゲストをうまく使ってテレビ的な動きのある笑いに展開させていくのは、さすが欽ちゃんである。



コントを終えた後、ちょっとおしゃべり。欽ちゃんは「ペッパー警部」の例の膝を開く振付が気になって仕方がない様子。それだけ大きな話題になっていた。




最後は3人で「欽ドン賞」決定のポーズ。ケイちゃんがフライング。



欽ちゃんといえば、ピンク・レディーにとってはデビューのきっかけとなった「スター誕生!」(日本テレビ系)の司会者でもある。他にも第1回、第2回の「24時間テレビ『愛は地球を救う』」(同)など、共演が多かった。「欽ちゃんのどこまでやるの!」(テレビ朝日系)には、ピンク・レディーとして3回出演。81年3月の解散直前に出演した時、スポニチの取材に答えた欽ちゃんのコメントがある。


「ほら“スター誕生!”で二人がデビューしたばかりの頃、舞台のソデで、コートを着て出番を待ってて“ピンク・レディーどうぞ”と言うと、パッと脱ぎすてて、まるでプロレスラーみたいだったな」

(スポーツニッポン、80年3月13日付)


ケイちゃんは解散後、増田惠子として「欽どこ」にレギュラー出演していた時期もある。(番組中に挿入される斉藤清六さんのミニドラマの相手役で、欽ちゃんとの直接の絡みはなかったと記憶する)


ピンク・レディーのデビュー前から縁があり、恩人でもある欽ちゃんも、御年81歳。今もYouTubeチャンネル「欽ちゃん80歳の挑戦!」で活躍中だが、今年8月にはケイちゃんがゲスト出演。テンションが上がって暴走気味の欽ちゃんをうまくあしらいつつ(?)絶妙なやりとりを見せてくれた。



デビューしたばかりの初々しい2人が「欽ドン!」に出演してから、もう46年。ピンク・レディーのファンとしても、欽ちゃんにはますます元気でいていただきたい。