新聞社に勤めていた時に福地さんの担当の様な事をしていて、大変にお世話になった。
福地さんもお酒が好きだったので、よくご一緒させていただいた。
亡くなる二年位前の事だ。
「今日は僕の店に付き合ってよ」
「はい」
「お歳暮が届いたので顔を出さないとまずいんだよ。盆、暮れの二回しか行かない店なのだけど」
などと話しながら、待ち合わせ場所の帝国ホテルから銀座の店に向かって、二人でブラブラと歩いて行った。
電通通りの一本横、コリドー街寄りの通り沿いの地下にある店だった。
『順子』という看板がある。
田村順子の店?
店に入ってみると、やはりそうで田村順子ママがいた。
想像していたのとは異なり、こじんまりとした店でホステスもその時は二人しかいなかった。
早い時間だったので、客は私達二人だけであった。
順子ママと若いホステス、福地さんと私の四人で席に着いた。
「先生、わたくし結婚を考えてますの」
「いいんじゃないの」
緊張していたので、二人の会話を聴きながら黙って酒を飲んでいた。
その内に、私に話がふられてきた。
「あなた、わたくしの事を悪女だとお思いになる?」
「思う訳ないじゃないですか」
とでも言えば良かったのだろうが、何故かその時は反対の事を言った方が良い様な気がして
「はい、絶対に悪女です」と答えた。
「まあ!あなた、失礼しちゃうわねえ」
「ウッ」
外してしまったのだ。
助けを求めようと隣にいる福地さんを見るが、何を馬鹿な事を言っているんだ、という様な顔をして飲んでいる。
この後、私に会話が向けられる事はなかった。
「そろそろ帰ろう」
福地さんがやっと言ってくれて『順子』を退散し、別の店に行ったのだ。
目黒にある福地さんの自宅経由で帰る途中のタクシーの中で
「順子ママ、結婚するって言っていただろう。誰か判る?」
「いいえ」
「江夏なんだよ」
「はあ」
覚せい剤取締法違反で江夏が逮捕されたのは、それから間もなくしての事だった。