ザ・シャッグス - 世界の原理 (Third World, 1969) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

ザ・シャッグス - 世界の原理(フィソロフィー・オブ・ザ・ワールド) (Third World, 1969)
ザ・シャッグス The Shaggs - 世界の原理(フィソロフィー・オブ・ザ・ワールド) Philosophy of the World (Third World, 1969)YouTube Philosophy of the World Full Album
Recorded March 9, 1969, at Fleetwood Studios, Revere, MA
Produced by Austin Wiggin, Terry Adams and Charlie Dreyer
Recorded and engineered by Bob Olive and Austin Wiggin
Originally Released by Third World Records 3001, 1969
Reissued by Red Rooster/Rounder Records LP 03, 3032, 1980, RCA Victor Records CD 09026 63371 2, 1999, Hayabusa Landings CD LHAC-7007, 2007, Japan
All songs written and arranged by Dorothy Wiggin
(Side A)
1. Philosophy of the World - 2:56
2. That Little Sports Car - 2:06
3. Who Are Parents? - 2:58
4. My Pal Foot Foot - 2:31
5. My Companion - 2:04
6. I'm So Happy When You're Near - 2:12
(Side B)
1. Things I Wonder - 2:12
2. Sweet Thing - 2:57
3. It's Halloween - 2:22
4. Why Do I Feel? - 3:57
5. What Should I Do? - 2:18
6. We Have a Savior - 3:06
[ The Shaggs ]
Dorothy (aka Dot) Wiggin - lead guitar, vocals
Betty Wiggin Porter - rhythm guitar, vocals
Helen Wiggin - drums
Rachel Wiggin - bass guitar on "That Little Sports Car"
(Compiled Reissued Rounder 1981 "Shaggs Own Thing" LP & Rounder 1988 "The Shaggs" CD Front Cover)
 本作は以前にもご紹介しましたが再度採り上げます。シャッグスは'60年代末からアメリカのニューハンプシャーで活動していた実の四人姉妹によるロック・バンドで、アマチュアですから活動場所は地元だけでした。バンド存続中に発表されたレコードもローカル・レーベルでプレスされた自主制作シングル「My Pal Foot Foot b/w Things I Wonder」(Fleetwood Records FL 4584, 1968)と自主制作アルバム『世界の原理(Philosophy of the World)』だけで、1975年にはマネージャーだったお父さんの逝去によって解散し、その後メンバー全員が家庭の主婦になりました。しかし1980年にルーツ・ミュージック中心の通好みの渋いリリースで定評のあるインディー・レーベル、ラウンダー・レコーズ(このレーベルからはサン・ラの新作もリリースしていました)からの再発売によって知名度が上がり、ローリング・ストーン誌のカムバック・オブ・ジ・イヤーを受賞します。シャッグスはアメリカのロック界の巨匠、フランク・ザッパが'70年代半ばのプレイボーイ誌のインタビューで「シャッグスという誰にも知られていない、ビートルズよりずっと優れたバンドがいる」と早くから激賞しており、ローリング・ストーン誌の受賞からカルト・バンドと再評価されてその好評を受け、ラウンダーからはさらに75年に録音されて未発表だったセカンド・アルバム『Shaggs Own Thing』(『世界の原理』からの再録曲と1975年までの未発表曲を合わせたアルバム)も1981年に発売され、CD化以降は2作からのコンピレーション盤『The Shaggs』がインディー盤のロングセラーになっていました。ビートルズがアメリカで大ブレイクした1964年から5年間にアメリカ合衆国でシングル1枚以上の活動実績が確認できるロック・バンドは18万組以上に上るという調査がありますが、シャッグスもそうした18万組あまりのアマチュア・バンドの中から解散後にジャーナリズムに発見されたバンドのひとつ、しかも最大の再評価を受けたガールズ・バンドのパイオニア的存在です。サリンジャーの青春小説の古典『ライ麦畑でつかまえて』のハイスクールをドロップ・アウトした主人公、ホールデン少年は「危なっかしい遊びをライ麦畑でしている危機一髪の子どもを救う人間(キャッチャー)になりたいんだ」と傍白しますが、まさにそのように救われたのがロック史上空前絶後の危なっかしいガールズ・バンド、ザ・シャッグスであり、絶大な再評価でした。
 
 シャッグスの音楽性は単純にして奇々怪々なもので、オリジナル曲は鼻歌のような童謡的メロディーのオリジナル曲ばかりで区別がつかないトイ・ポップとガレージ・ロック、ガール・ポップの奇怪な実験的混合の上に、ギターは歌メロのユニゾンのみ、しかもメンバー全員のリズムがずれてしまうため、これを他人がコピーするのは不可能ばかりか楽譜に起こそうとしたら変則拍子と臨時記号ばかりになってしまうほど音楽的には複雑怪奇なことになっているのに、シャッグス姉妹たちはまったく実験的な演奏のつもりはなく天然に音楽が調子っぱずれなので、むしろ音楽的知識がなく演奏も歌も稚拙きわまりないのがこの姉妹バンド、シャッグスならではの音楽になっています。この限りなく出来損ないを極めたシャッグスのサウンドは、楽器の演奏が上手く音楽常識もある普通のミュージシャンには絶対演奏できない音楽なので、まともなミュージシャンがシャッグスの曲をコピーしようとしてももっと楽理的に修正したピッチのメロディーや和声、きっちり基本になるテンポに合わせたリズムで演奏してしまうでしょう。それではシャッグスの音楽ではないので、シャッグスの音楽は信頼に結ばれた姉妹バンドが感覚だけで作り出した純粋無垢な音楽であり、そこにどんなジャンルのアーティストにも大なり小なり潜んでいる「承認欲求」など微塵もない、天然のあどけない美しさと誠実さから生まれる音楽的価値がありました。シャッグスは解散後発表のセカンド・アルバムではカーペンターズの大ヒット曲「Yesterday Once More」をカヴァーしていますが、この幼稚園児の合唱のような純朴さにはプロのミュージシャンからは生まれてこない味があります。
(The Shaggs on Stage in '60s)
◎The Shaggs - Yesterday Once More (recorded 1975, from the album "Shaggs Own Thing", 1981)YouTube The Shaggs Yesterday Once More

 このシャッグスが活動中唯一リリースしたアルバム『世界の原理』は、ニルヴァーナのカート・コバーンがフェヴァリット・アルバムの5位に上げ、1996年刊のローリング・ストーン誌編オルタナティヴ・ロック・ガイド『Alt-Rock-A-Rama』では年代順に列挙された「もっとも影響力の強いオルタナティヴ・ロック・アルバム」にMC5『キック・アウト・ザ・ジャムス(Kick Out The Jams)』1968、キャプテン・ビーフハート&ヒズ・マジック・バンド『トラウト・マスク・レプリカ(Trout Mask Replica)』1969に続く3番目に上げられ、「20世紀最高のガレージ・ロック・アルバム」ではヴェルヴェット・アンダーグラウンドやプッシー・ガロア以上にランクされ、「インディーズ・アルバムの記念碑」では第3位にランクされています。ロック史上の大傑作アルバムと評価されているMC5やキャプテン・ビーフハートの最高傑作と並び、全4作のアルバム全部が五つ星を獲得しているオルタナティヴ・ロック最高のバンドと位置づけられているヴェルヴェット・アンダーグラウンドよりもさらに高い評価を受けているのは、活動中に自主制作アルバム100枚しか発売されなかったアマチュアのローカル・バンド、しかも四人姉妹のファミリー・バンドとしては異例のことでしょう。これはロック史上でも稀に見る奇跡的な現象で、シャッグスほど活動中にはまったく注目されていなかったアマチュア・バンドが解散後に異常なほど再評価の高まりを得たのは他に類を見ません。長編小説を1作しか残さなかったサリンジャーの『ライ麦畑~』を引き合いに出したのはそういう意味でもあります。

 ラウンダーからのリリースは再録曲や追加曲にともなって曲順やジャケットが変更されたものでしたが、ついに1999年にはアメリカの最大手のレコード会社、RCAヴィクターから曲順、ジャケットともにオリジナルのサード・ワールド盤を忠実に復刻したリマスターCDが発売されたため、シャッグスは一時的なCD発売記念再結成コンサートを行いました。この復刻CDはウォール・ストリート・ジャーナルにもレヴューが掲載され、ニューヨーカー誌にもシャッグスを紹介する署名記事(署名記事は無記名記事より重視されます)が載りました。ラウンダーからのカップリングCD『The Shaggs』のジャケットも良いのですが(『シャッグス・オウン・シング』は地味ですが)、『世界の原理』のオリジナル・ジャケット(四人姉妹中最年少のレイチェル嬢は写っていない三人の写真ですが)はご覧の通り非常にインパクトの強い、いかにもアマチュア然とした飾り気のなさすぎる(それがかえって強烈な印象を与える)ものでした。このRCAヴィクターからのリマスター盤CDは驚異的なロングセラーとなり、ロックの定番CDとして現在でも大メジャーのアーティストのアルバムに匹敵するほど売れ続けています。またこのリマスターCDの発売によってますますシャッグスへの再評価は高まることになりました。

 2001年には多数のバンドによるシャッグスへのトリビュート・アルバム『ベター・ザン・ビートルズ(Better Than Beatles)』が発売され、2003年にはあろうことか、シャッグス四姉妹の歴史を描いたミュージカル『フィソロフィー・オブ・ザ・ワールド(Philosophy of the World)』がロサンゼルスで公演されてロング・ランになり、2011年からはニューヨークにも進出しています。ドラムスのヘレンは2006年に逝去、2児のお母さんでした。ウィギン姉妹の母アニーは2005年に逝去しています。2011年にはイギリスのBBCラジオでシャッグスについてのドキュメンタリー番組が放送され、全米ベストセラーになったCDガイドブック『死ぬまでに聴いておきたい1001枚のアルバム(1001 Albums You Must Hear Before You Die)』(2006年)に『世界の原理』が選出され、スティーヴン・チョボスキーの大ベストセラー小説を作者自身が監督した2012年の映画『ウォールフラワー』でもシャッグスの曲がサウンドトラックに仕様されています。ザ・シャッグスという四人姉妹のバンドの存在自体が、50年を経てついに伝説的人気、しかも国民的認知を得たのです。

 もともとシャッグスはポップス好きの夫婦、オースティンとアニーのウィギン夫妻が、娘たちをロックスターにしてひと儲けできないかと思いつき、娘のドロシー、ベティ、ヘレン姉妹にエレキギターとドラムスを買い与えて練習を積ませ、結成させたファミリー・バンドでした。ウィギン家で人気の高かったのはハーマンズ・ハーミッツ、リッキー・ネルソン、モンキーズだったそうですから嗜好も数年時代遅れだった上に、最初から勘違いがあったのです。それは編成にも現れていて、とにかくロック・バンドはギターとドラムスが必要で、ギターはリードギターとリズムギターが要ると考えていただけで(モンキーズもテレビの音楽コメディ・ドラマのバンドでしたからベーシストがいませんでした)、ベースの必要はあとから気づいたらしく、アルバムでは最年少のレイチェルがベースを1曲だけ弾いています。ほとんどの曲がベースレスでスカスカなサウンドの上に、メンバー全員リズムがキープできないので、演奏中にどんどん各パートがずれていきます。のちのイギリスのプリミティヴなフェミニズム・ロック(スリッツ、レインコーツら)の元祖と言えますが、シャッグスはもっと壊滅的な演奏で、リズムがずれていくのに平然と演奏し続けていてもまったく気にせず録音して発表してしまう、しかもそれを堂々とやっている感覚は天然としか言いようがないものです。

 父のオースティンはシャッグスの自主制作シングルを1枚プレスした後、とにかくなんとかアルバム・デビューさせなければと計画しましたが、既成の大手レーベルへのつてなど当然ないので、いろいろ当たった末にようやくチャーリー・ドライヤーというフリーの音楽プロデューサーと出会い、ドライヤーとの契約でインディー・レーベルのサード・ワールド・レコーズを設立し、自主制作盤を出すことになりました。'50年代からローカル・インディー・レーベルのリリースが注目され大手レーベルから全米デビューという例は、それこそエルヴィス・プレスリーからロックではよくあるステップでした。ですがチャーリー・ドライヤーは実際は詐欺師同然のフリー・プロデューサーで、1,000枚をウィギン家の自腹で録音・プレスし、900枚を配給してオースティンに100枚渡すという口約束だったのに、ウィギン家に渡した100枚以外の900枚は約束した販売網にかけもせず廃棄処分し、配給費用をピンハネしてしまいました。もともとドライヤーはシャッグスのアルバムを配給・販売する気は全然なかったのです。単に無知でお人好しな音楽好きのウィギン家からお金を巻き上げただけでした。

 オースティンが娘たちのライヴ会場で手売りしたり、放送局に送ったりした残り100枚もほとんど反響を呼びませんでしたが、1966年から現在まで活動しているマイアミ出身の通好みの音楽マニアのバンドとして定評あるカントリー・フォーク・ロックのバンド、NRBQ(New Rhythm and Blues Quartet)のメンバーが偶然1枚持っていたことが、NRBQのアルバムを出していた正真正銘まともなインディー・レーベル、ラウンダーでの'80年代の再発売につながりました。シャッグスはマネージャーの父オースティンの売り込みでライヴでは好評を博しており、1975年に父、オースティンが逝去するまで地元のダンスホールの人気専属バンドとして活動していました。シャッグスの音楽で踊って喜んでいた地元民の方々も大したものです。そして'80年代以降のさまざまな再評価を経て、リーダーだったドロシーはドット・ウィギン・バンド名義で2013年初のソロ・アルバム「Go! Ready! Go!」を発表します。こういう人が案外来日公演することもあるから、近年は油断がなりません。2016年4月には2006年に亡くなったヘレン以外の三人のシャッグスによって限定3,000枚の自主制作シングル「Sweet Maria b/w Missouri Waltz (Missouri State Song)」がリリースされており(Light In The Attic ‎ LITA 45-037)、今なおシャッグスは活発な活動はしていないとはいえ解散もしていない、現役の伝説的しかも国民的な姉妹バンドです。今やロックの古典的アルバムとなった『フィソロフィー・オブ・ザ・ワールド(世界の原理)』は日本盤も2007年に初発売されて入手できます。RCAヴィクターからのアメリカ盤の輸入盤は日本盤よりもっと格安にアマゾンなどの通販サイトで購入できます。酔狂なプロモーターによってシャッグス初来日公演があってもおかしくないのです(来てくれれば、お客さんが呼べればですが)。最新シングルはB面しかご紹介できませんが、これも貴重なので上げておきましょう。The Shaggs - Missouri Waltz (Missouri State Song) (Light In The Attic, 2016)YouTube The Shaggs Missouri Waltz
Recorded at Wiggin's home, 1973
Released by Light In The Attic ‎LITA 45-037, Vinyl, 7", 45 RPM, Side B
Picture Sleeve photographed in 2016