今回は浅草オペラの大スター・田谷力三さんのレコードについてお話していきたいと思います。

 

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1966年 浅草伝法院において
 

田谷力三さんは1899年(明治32)東京神田の生まれです。

1909年(明治42)に日本橋の三越で結成された三越少年音楽隊に入隊したのが、田谷さんの音楽生活の始まりになりました。

田谷さんの簡単な経歴に関しては、拙著「あゝ浅草オペラ」(2016年 えにし書房)をご覧いただきたいと思いますが、田谷さんが初めてレコードを録音したのは1920年(大正9)のこと。

東京蓄音器株式会社(東京レコード)におけるものですが、浅草オペラでの絶大な人気とは裏腹にレコードの発売数は少なく、現存数も極端に少ないといえます。

(これは、当時のレコード界全体に言えることで、芸能人の人気の高さとレコードの種類の数は比例していないケースが多々見られます)

 

今回は大正期に発売された田谷力三さんのレコード24面のレーベルをご紹介します。

まず、田谷力三さん最古のレコードとして確認できるのが1920年(大正9)発売の『アルカンタラの医師/スコットランドの鐘』(東京レコード1850/1858ママ)です。

 

 

大正時代の歌劇レコードの特徴として、ただレーベルに歌劇そのものの題名が記載されているだけで、どのアリアなのか記載がなされていないものが主流です。

このレーベルには「アルカンタラの医師」のみ記載されていますが、収録されているのは「カルロスのセレナーデ」です。

喜歌劇「アルカンタラの医師」(アイヒベルク作曲)は1917年(大正6)に赤坂ローヤル館で初演されて以降、浅草でも定番の人気作となって、度々上演が行われています。

 

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1919年「アルカンタラの医師」田谷力三と安藤文子

 

また、医師の娘イザベラと恋を語る青年カルロス役は田谷力三の当たり役ともなり、同作の1幕で歌われる「恋のために身は捕らわれ」は、田谷が生涯歌い継いだ1曲です。

片面の「スコットランドの鐘」は、スコットランド民謡The Blue Bells Scotland”(スコットランドの釣鐘草)で、1883年(明治15)に発行された「小学唱歌集」では「うつくしき」の邦題で収録されて、広く知られた唱歌でもありました。

 

そして、田谷さんが大正期に発売したレコード2枚目は『古城の鐘(上)/古城の鐘(下)』(東京レコード1852/1853)です。

 

 

『アルカンタラの医師/スコットランドの鐘』と連番で、1920年(大正9)の発売となっています。

こちらも浅草オペラではかなりの人気作だった喜歌劇「古城の鐘」(コルヌヴィルの鐘)をレコード化したもので、(上)の方では十八番だったアリア「波をけり」(大正期は「舟唄」と称することが多かった)が収録されています。

 

この24面のレコードとも1920年(大正9)発売なので、田谷さんは満21歳の時に録音したものですが、後年のあの柔らかい独特なテノールとは裏腹に、非常に固く男らしい歌唱法で歌われています。

これは録音技術の関係もあるかもしれませんが、意外ともいえる事実ですね。