源頼政の鵺退治 | 京都案内人のブログ

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源頼政の鵺退治

 鵺とは夜に鳴く鳥のことで、「古事記」「万葉集」にも名が見られ、現在ではトラツグミのことをいう。どういう経緯でこの鳥が怪物になったのかは分からないが、平安時代の頃には気味が悪い鳴き声から凶鳥とされていた。とくに宮中での天皇や貴族たちは、トラツグミの鳴き声が聞こえると縁起を担ぎ祈祷までしたという。
 この伝説は、「平家物語」によれば平安時代末期の近衛天皇の頃が舞台となっている。頼政を紹介する下りでは、保元・平治の乱後の頼政77歳の時で、その述懐の形式をとっている。

源頼政の鵺退治:「平家物語」第四十句 鵺を脚色

東三条殿跡:大将軍神社 東三条殿跡(現大将軍神社:東山三条下ル西)

 近衛院の時、夜な夜な得体の知れぬものが御殿に飛来し、帝を大層怯えさせた。それは、東三条殿の森より黒雲が立ちて、御殿を覆い尽くすものであった。大勢の祈祷師に秘法やら、あらゆる加持大法を祈らせたが、いかほどの効果もなかった。帝は食も喉を通らず、日々窶れ衰える一方であった。
 側近の公卿たちが僉議して、とにもかくも源平の武将に警固させる以外に術はなしと決した。先例はないかとした時、誰かが応えた。前の寛治年間、堀河天皇の御代にも同じ様に怯え給えしことがあった。その時、鎮守府将軍、前の陸奥守源の義家をお召しになった。義家は山吹色の狩衣に身を包み、塗籠籘の弓と山鳥の尾から作った矢を二筋持ち、南殿の庭に伺候した。前の帝が悩まれる刻限になると、弓を空へ向け三たび鳴玄し、御前を御簾越しに睨み、「前の陸奥守源の義家」と大音声に名乗りを上げた。傍にいた者悉く、身の毛もよだつ態であったが、それ以来、帝の悩みはたちどころに静まりかえったという。
 その先例に習い、兵庫頭の源頼政が召された。頼政が御殿に伺候して、公卿の前で口上を述べた。
「この頼政、武勇の家に生まれ、諸家の歴々に抜きんでお召しに預かることは、まことに家の面目ではありまする。が、朝廷へのご奉公とは、逆賊の輩を退け、勅命に従わぬ者を成敗するためなり。されど、目に見えぬ変化を成敗せよとは、武士に相応しいものとも思われませぬが……」と呟いて座を辞した。
 頼政は浅葱色の狩衣に、滋籘(※1)の弓と、これまた義家に習い、山鳥の尾から作った矢を二筋揃えた。ただ一人、信頼する猪の早太という郎党を供に付けた。
 その夜更け、宮中の人々が皆寝静まった時だった。頼政が辺りを窺っていると、日頃より人が言う、東三条の森の方角から一連の黒雲が湧き出てきた。見る間に、紫宸殿の上を五丈ばかりにたなびいた。頼政が、その黒雲の一群に眼を凝らすと、なにやら怪しげな姿を見た。
「これを射損じるは、この世に生無くに同じと憶えよ。南無帰命頂礼。八幡大菩薩」と、頼政は心の奥底に祈念して矢を番えた。しばし狙いを定め、ギュルギュルギュッと弓を絞り、ヒュンと、放った。
 矢は一直線に向かった。手応えがあり、やがて黒雲の間から矢に射立てられた黒い陰が落ちてくる。南の庭にドサッ鈍い音とともに墜ちた。郎党の早太が抜刀して駆けつけ、主が射止めた矢を抜くと、何度となく止めを刺した。
 その物音に、御殿に詰めし人々が手に手に灯明を持って集まってきた。火を近づけて見るに、頭は猿、胴体は狸に見え、手足はまるで虎、それに尾は蛇のように長く不気味な変化の姿であった。鳴く声が鵺に似て、五体が獣という不浄の権化であるという。
 帝はすぐにお見えになり、頼政の快挙に甚く喜ばれ、取り敢えず「獅子王」という銘刀を下賜なされた。その後、退治した化物を古式に乗っ取り、うつほ舟(※2)に乗せ、鴨の川に流した。
 頼政は、内裏からの帰途、小さな池で射貫いた鏃の血を洗い清めた。その鏃ともう一本の矢を丁寧に包むと、心願成就を祈願した神社に御礼として奉納した。
 大いに家名を上げた頼政は、過日、朝廷より丹波五箇庄と若狭の東宮川を拝領した。
 時は平治の乱が起き、源氏の大将義朝が滅んだ頃だった。二条院が即位されたが、またしても禁中に鵺の声が響き渡り、宸襟(※3)を悩ませていた。
 先例をもって、再度、頼政が召された。季節は皐月の二十日あまりのまだ宵の内、鵺は一度鳴いたきりでその姿を認めることができなかった。弓の名手頼政といえど、姿が見えぬものを射ることはできぬ。頼政、一計を廻らせて大鏑矢を番えて、黒雲めがて一線矢を放った。
 ヒュールルン。鏑矢の音が天に響くと、鵺が驚いたか鋭い声を上げた。この時ぞと、その声に二の矢を放つと断末魔の声とともに鵺が墜ちた。
 禁中の者のざわめき、主上の喜びも一入でなく、自らの御衣を下賜された。後日、三位に叙され、さらに嫡男の仲綱にも伊豆国を賜った。


鵺神社 鵺池
頼政が矢の血を洗ったという鵺池(右)と鵺神社

※1.滋籘(しげどう):弓に籘を巻いたもの
※2.うつほ舟:丸木の中を刳り抜き、外をふさいだ舟。死霊を運び、浄化する呪術的な効果があるとされた。 
※3.天皇の心、胸の打ち。



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