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暗騒音 [コンサートホール&オペラハウス]

今日、上野の東京藝術大学にある奏楽堂を経験してきた。現在修復中の日本最古ホールの奏楽堂のほうではなくて、新しく建築された最新ホールのほう。

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あらかじめの期待を裏切ることなく、素晴らしいホールであった。

公演は東京・春・音楽祭で、今年はリヒテルの生誕100周年ということもあって、リヒテルが愛したプーランクやモーツァルトを演奏しようという粋な企画で、沼尻竜典さんの呼びかけで結成されたトウキョウ・モーツァルト・プレーヤーズの若々しい演奏家たち、そして指揮に2014年に日本デビューを果たした期待のヴァハン・マルディロシアン氏、ピアノに数々の国際コンクール優勝で世界中で音楽活動をしているリュドミラ・ベルリンスカヤさんを迎えて、素晴らしい演奏がおこなわれた。

特にモーツァルトが素晴らしかった。ディヴェルティメント、ピアコン17番、交響曲第31番とじつにモーツァルトの美味しいところ品揃えのような感覚で、十分楽しませてもらった。モーツァルトを初心者向けのように語る方もいらっしゃるが、やはり万人の方に受け入れられる癒しの旋律というか、そういう質の高さ、才能は卓越したものがあると思う。何年か前にあったモーツァルト・イヤーでのモーツァルトは健康にいい、というフレーズもよく理解できるような気がする。

後半のプーランクの舞踏協奏曲(オーバード)も楽しませていただいた。
舞踏、いわゆるステージの半分を使ったミニバレエ付きの演出で、とても新鮮であった。
久しくオペラやバレエという観劇ものを観ていないなぁ、とつくづく。
このままだと観劇に対する感性がどんどん鈍ってしまうような気がする。

そして、今回のコンサートの最も重要な目的、新しい奏楽堂を体験することだった。
中に入った瞬間、目の前に広がるのは、シューボックス・タイプの木造ホールで、全体に木目調の暖かい空間、という印象。

写真の撮影したポジションでもわかるように、ホールの1番最後列の後方座席。
結構奥行きがあるホールで、ステージが遠く見える。
さらに異常に高い天井。全体的に容積が大きい感じがして、この後方座席だと、ステージからの直接音がよく届かないのではないか、という感覚的な心配をした。

でも最初のモーツァルトのデヴェルティメントの弦の合奏の厚くて美しい旋律が流れてきたとき、かなりの大音量で明晰なクリアな音が伝わってきた。コンサートホールの形状タイプにもよるが、シューボックスだと、前方席では直接音が明瞭で、大音量で聴ける分、壁や天井、床などからの反射音というのは聴こえにくい。中央から後方席のほうが、こういった反射音がよく聴こえてきて、いわゆるホール全体の音、ホールトーンというのが堪能できる。逆に響きが多くなると直接音は遠く不明瞭な感じになり、音像が奥に引っ込むような感覚になる。

なので、結構座席選びというのは、カット&トライというか、この直接音と反射音(響き)の対バランスがどのように聴こえるのかが好ましいのかが各個人の好みによるところなのだと思う。自分は6:4(直接音:間接音)くらいで、響きがちょっと遅れてくるくらいが聴いていて気持ちがいい物差しを持っている。

今回も1番最後列なので、響き過多でかなり音像不明瞭なイメージを持っていたが、実際聴いてみると、響きの中に埋没せず、ステージの直接音が綺麗によく届いていた。こんな後ろでも対響きのバランスがよかった。あと結構、この広い空間の中で、立体的に定位していた感じがした。

非常に素晴らしいホールだと思う。

大学付属のホールで、似たような素晴らしい経験をしたお勧めのホールは、洗足学園音楽大学の中にある前田ホール。ここもじつに素晴らしかった。同じくシューボックスで、ウィーン楽友協会を手本に造られた日本で最初のシューボックスタイプのホール。やはり、今回と同じように響きが非常に豊富で、自分の周りを囲まれているような感覚になり、素晴らしい音響だった。

やっぱりシューボックスは音が濃いですよね。

音響の素晴らしいホールというのは、最初に入った時の暗騒音(無演奏のときのホールの静寂の音)を聴いたときに大体見当がつく。そして観客の話し声などを聴いていると、響き具合というか、ライブなのかデッドなのか、よくわかる。

いいホールというのは、この暗騒音のS/Nがすごくイイことが条件だと思う。(つまりNの部分。)澄み切った静寂さ、というか静けさが、いいホールには必ずある。逆にイマイチのホールは、静のときの空気が淀んでいるように聴こえる。


そういった点で、この奏楽堂は、入った瞬間、澄み切った空気感がよくわかり、S/Nがいい、と感じたところである。

こういったホールの暗騒音というのは、結構録音、再生の技術の歴史にも大きな影響を及ぼしてきた。

耳障りで音楽に集中できなくなるようでは困りものだがほどほどの暗騒音や演奏ノイズは 臨場感を高めると思う。一方で 録音・再生の歴史はノイズとの闘いであるから暗騒音や演奏ノイズを嫌うエンジニアも多い。
かなり前に亡くなられた若林駿介先生は、レコード芸術誌に録音評を書かれていたが暗騒音の目立つ録音は、歴史的な音源ならともかく新しい録音ならプロの仕事にあるまじきもの・・・とことごとく退けた。

デジタル録音の初期は、そうした傾向が最も極端だったと思う。

最初期にリリースされたCDを聴くとわかるが、ほとんど無音からいきなりジャンと楽音が立ちあがる。それがS/N比との闘いの目標でもあり成果だった。しかし しばらくすると それでは行き過ぎではないかという反論が演奏家や制作サイドから起こった。

収録されている音楽にもよるが、CDを再生して現場の暗騒音が静かに部屋に溶け込むように鳴ってそれから音楽が立ちあがる方が リラックスして音楽に入っていける・・・そんな考えが提示された。

一方で録音技術サイドからも 音が空間で混じり合う響きを美味しく捉えるにはある程度マイクを離して 暗騒音が入ってもやむをえない、それより自然な響きを大切にしようといった反動も起こった。

自分は明らかにこちらの方に肩を持つ。(笑)再生した途端にホール内の暗騒音が部屋中に広がって、その後に演奏が始まるほうがその場にいるような臨場感を感じる。さきほどいいホールの条件として、S/Nがいいことを挙げたが、それに負けずマイクの感度、指向性が高くて、ホール内の空気を録音できてしまうほうがうれしかったりする。

適度な暗騒音が臨場感を高めていると思われる名録音は・・・ 吉野直子さんのハープのスイスでの録音。

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月の光、シシリエンヌ・ヴァリエ~ハープ・リサイタル 吉野直子 . 

アルバム・タイトルにもなっているトラック10の「シシリエンヌ・バレエ」がとりわけ美しい。ハープは超低音まで音域がとても広いので その美しい響きをあますところなく捉えようとすれば、それなりに暗騒音も覚悟しなければならないのだろう。


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