2023/03/04 - 2023/03/04
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Siniさん
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チュニジア6日目は、ヌミディア王国とローマ都市のドゥッガの遺跡(世界遺産④)とチュニスのメディナ(旧市街)(世界遺産⑤)を観光します。
写真は3,500人を収容できた古代ローマ劇場の遺跡。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 4.0
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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久しぶりにゆっくり目の起床。窓はカーテンを開けると半分は壁になっていました。
El Mouradi Hotel Africa Tunis ホテル
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20階の部屋からチュニスを見てみる。
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チュニジアの首都、チュニスの人口は約64万人。北アフリカ(マグレブ)屈指の大都市。
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窓の下は「ハビブ・ブルギバ通り」。チュニスのメインストリートです。独立広場からチュニス湖まで。
フランスから独立を勝ち取り、アラブ王朝制度を廃止し共和国にした初代大統領の名前のついた通りです。 -
右手(写真上)、海の方に「時計塔」が見えます。その先は海ではなくチュニス湖。
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土曜日はデモがあるとかで警察官がたくさん来てるみたいです。
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中2階がレストラン。あら、もう皆さん食事は終わってるみたい。
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ここではイチゴジュースが激ウマで、毎日おかわりしました。
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朝食。
オムレツ係の若いシェフから色々聞かれます。濃い化粧をした美しい女性。しかし彼女から見ると平べったいアジア人顔がすごくいい感じに見えるらしい笑笑。 -
朝も夜もバイキング。なんとなくですが、ちょっときれいめの配列。
ここで仕事をしているのはほとんどが地元のチュニジア人です。(出稼ぎの人は聞いた限りではいませんでした) -
吹き抜けの下を見てみると、ロビー。
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ロビー。左手にフロント。その奥で換金もしてくれます。(ドルからディナールへはパスポートも要求されなかった)
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ロビーには花が生けてあり、、いえ、造花でした。
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ホテル外観。目立って高い建物。これなら迷わない。今でもチュニス一背の高いビルなんだそう。
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バスで南西へ移動します。窓から緑が見えます!久しぶりに見る緑の大地!
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小麦畑です。
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食料自給率は日本より高い、チュニジア。
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トイレ休憩に寄ります。
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チュニジアで初めてたくさんあるきれいなトイレを体験。新しいサービスエリア。
チュニジア北部と、中部や南部との経済格差は歴然。 -
とても明るくてきれいなSAです。
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コンビニのよう商品が豊富なので、ついここでお土産追加購入。
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支払いにはカードが使えました。少額でも大丈夫でした。
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標高600mの小高い丘の上にある、ドゥッガの遺跡に到着。
チュニスから南西に106キロ。ドゥッガ遺跡 史跡・遺跡
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最初に見えてきたのは、なんだかすごい遺跡!
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古代ローマ劇場です。
この辺り、19世紀末に発掘をはじめた頃には、この廃墟にはアラブの村人が細々と暮らしていたとか。え!遺跡の中で! -
円形劇場は3,500人を収容できる。19段の観覧席を登ってみます。
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最後部の高さは15m。そこから見た舞台。
主役、脇役は舞台の登場するところが違い、それで観衆は理解します。 -
イチオシ
見晴らしの良い丘の上です。
毎年7月~8月に「ドゥッガ・フェスティバル」というクラシック音楽のイベントがここで開催されているそうです。 -
劇場の上から後ろを見渡すとこんな感じです。打ち捨てられた遺跡のカケラが散らばっています。
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そんな中を少し歩くとアウグスタン・ピエティ神殿という標識を見つけました。
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多分その神殿の跡がここ。
その前に風の広場があります。 -
「風の広場」の敷石には12種類の風の名前が書かれています。
ここには「アフリカス」。アフリカの風?ってここがアフリカだけど、、、。
この文字が2000年くらい前のものだと言う事に驚きます。踏んじゃってるし。 -
風の広場の南は、ローマ時代は「マルシェ(市場)」だったところ。
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風の広場には壁が出来ています。
紀元前2000年にはヌミディア人がここに住み始め、その後フェニキア、ローマの支配下に。更に後、ビザンチン帝国時代は要塞化されました。ビザンチン時代に近くにあった遺跡を利用したり、使ったりして壁を作り宿舎にしたとか。 -
そんな訳でビザンチン時代の兵士が神殿の脇の壁を利用し、さらに手近にあった遺跡をも使って部屋を作ってしまった、と。
2000年の間にはいろいろなことがあるものです。 -
ここがローマ時代の「フォルム(広場)」か?
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フォルムの端にある古代ローマの神殿(キャピトル)。
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神殿に近づいて見ます。
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上を見上げて見ます。
コリント式の円柱が6本残っていてかろうじて支えています。 -
ファサードの上に描かれているのは3神らしい。
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神殿の最奥部。ユピテル(ジュピター)、ユノー(ジュノー)、ミネルヴァの3神を祀っていたと思われるところ。
2000年前ならこんな近くまで足を踏み入れられなかったかも。 -
階段を降りてフォルム(広場)の横から神殿を見てみます。
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これもローマへ続く道なのかしら。
別の道の下には水道が通っていた跡がありました。 -
商家の跡地。
住居の後には共同浴場。写真は撮らなかったみたい。浴場には脱衣所、冷水、温泉更にスポーツをする場所などがありました。 -
2000年前のトイレです。ズラッと並んでいます。
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イチオシ
遠くから遺跡を見てみる。よく残ったものです。このドゥッガの遺跡はローマ時代の遺跡としてはほぼ完璧に町が残っています。
今まで見たローマ帝国の遺跡の中で最もまとまって残っている遺跡でした。すごいです。 -
反対を見ると遠くに塔のような物が見えます。チュニジアにおけるローマ帝国以前の建築物。
ヌミディア王国のわずかに残された「リビコ・プュニック廟」。1842年に英国へ運ぼうとして崩壊したものを、フランス政府が復元したものだそうです。 -
ドゥッガの遺跡に最も近いところにある村が、ヌーベルドゥッガ村で、その外れにある「Hotel Thugga」でランチです。
このホテルのレセプションに絵葉書を託しましたが、3週間くらいで日本へは届きました。しかしヨーロッパへの絵葉書は今だに未着です。 -
レストランには大きなイノシシの剥製が。
実はドゥッガのあるあたりは野生のイノシシが多くいるんだそうです。 -
ビールはチュニジア産のセルティア。値段は忘れましたが、8~10ディナールくらい。
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ジャーン!猪肉!
思ったよりずっと柔らかく、添乗員さんが用意してくれた「ポン酢」が良い仕事をしてくれました!
(個人的には猪鍋の方が美味しいと思います。) -
デザートはフレッシュオレンジ。
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チュニスに戻ってきました。
市庁舎辺りの広いスペースでバスを降りて道路を渡り、旧市街(メディナ)の方へ行きます。 -
まずこの塔の辺り。ここはおそらく神学校ではないかと思われます。
このそばに、グランド・モスクへ祈りに来た人が身を清めるためのスペースがあり、そこで《特別に》というのも、この日デモがあったせいか公衆トイレが閉まっていて、(男性用)トイレ2個室をお借りしました。 -
グランド・モスク。チュニスではケロアンのグランド・モスクに次いで古いモスクであり、国内全土の信仰の中心らしい。
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早速、メディナ(世界遺産)を歩きます。
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とりあえずスリが多いというし、
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あまりキョロキョロも出来ず、遅れないように後をついていきます。
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ゴールド街などはより狭い通り。
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トビラみたいなもの。メディナの各所にあるらしい。
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子供服のお店とか、まぁ、たくさんの店があります。
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多分ここがメディナの出口の一つ、フランス門。そばにフランス大使館があるのでフランス門というのかな?
フランス門 (バブ バハル) 建造物
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急に若い子達が集まり広場前はいっぱいになりました。
後でこの子たちは中年のリーダーの元、太鼓とシュプレヒコールを上げながら足早にフランス通りを歩いて行きました。なんだったのか?? -
お土産用デーツを買うなら、ここ、と。しかしデーツは日本人向きのお土産じゃないと思い買いません。
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店内。いかにも、な風情。
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その代わりに隣のスーパーマーケット「Deyma 」で買い物。
デイマ 専門店
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このスーパーのガードマンは出稼ぎ。英語しか話せないのですぐ分かります。
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野菜は量り売り。
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「フランス通り」は大聖堂のところからメインストリートの「ハビブ・ブルギバ通り」(ホテルの前の通り)に名前が変わります。
セントビンセントデポール大聖堂 旧市街・古い町並み
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ちょうど「カトリック大聖堂」があります。
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さて、今夜の夕食は、ホテルのバイキングではなく、この旅で初めてレストランへ。バスで30分ほどかけてラ・グレットまで来ました。(そんな遠くまでわざわざ行かなくても、と思いましたが)
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ラ・グレットは人気の港町。もう隣はカルタゴです。
しかし土曜日の夜というのにこの日は人出がなかった。(昼間のデモで何かあった時を考えて港町のレストランにしたのかもしれません) -
レストランもほぼ貸し切り。
昼間のデモで市民は遠出はやめてチュニス市内に留まっているのかな?オーナーは少し日本語ができて好感度高い陽気な人。 -
シュリンプの入ったブリック。
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ブイヤベース。
この辺り地中海の新鮮な魚介で有名です。そういえば対岸はちょうどマルセイユあたりかな。 -
初めてデザートにプリン。
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「レストラン・ラ・ビクトワール」でした。
最後の夜なのでどのテーブルにもワインやビールがどんどん運ばれていって、ガイドのJ氏と通訳&添乗員のKさんはこれまでとても静かだった一行の変貌ぶりに驚いていました。いやー、緊張の連続、ハードなスケジュールについていくのに必死だったのかも。
更にJ氏は訛りのある英語でガイド。それをKさんが通訳しながらの案内で、もー、イヤフォンで聞くのも大変。特に歴史的な用語では苦労してらっしゃった。だけど素晴らしく細やかでそれでいておおらかな添乗員さんでした。 -
ホテルに戻り、今夜は就寝前に荷造りです。
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ジャメル砂丘で砂漠の男たちから購入した石が思った以上に重くて、割れたらそれはしょうがないと思って梱包しました。
さて、明日は旅の最終日で、観光の後にまたロングフライトが待っています。
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