奥の細道 種の濱篇

                      福井県敦賀市色浜

平成16年(2004) 6月18日

元禄二年(1689) 九月二十九日

       
十六日、空霽たれば、ますほの小貝ひろはんと、種の浜に舟を走す。海上七里あり。天屋何某と云もの、破籠・小竹筒などこまやかにしたゝめさせ、僕あまた舟にとりのせて、追風時のまに吹着ぬ。浜はわずかなる海士の小家にて、侘しき法華寺あり。爰に茶を飲、酒をあたゝめて、夕ぐれのさびしさ、感に堪へたり。
  
 寂しさや須磨にかちたる浜の秋
    波の間や小貝にまじる萩の塵

其日のあらまし、等栽に筆をとらせて寺に残す。


何一つ目を引くものの無いこの色の浜の寂しさは、源氏物語の須磨の秋景色よりも勝っているように感じられる。


雑記


西行の歌で知られる歌枕の地、種(いろ)の浜は敦賀湾の西北岸にある。敦賀から海岸線を曲がりくねって約30分ほどの所にある小漁村で集落は道路より一段低い海沿いにある。集落の中程にある寺が本隆寺で芭蕉が等栽に代筆させた「色ヶ浜遊記」が残っているという。小さな本堂の脇にはまだ新しい西行の歌碑が建っていた。寂さの極致とされていた須磨・そこよりも更に寂しいとは良くも言ったものだ、古い雑誌等で見た寂しさの浜も、300年前の過去を再現したにすぎず、実際来て見ればは明るい良い浜でした。但し人影はなかった。
浜で「ますほの子貝」探しにしばし西行と芭蕉の心情にひたってみた。