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   某月日― 0001 ―
  夏休みで久しぶりに田舎に帰り、『明治大正昭和ふるさと写真集・本荘』という大判の本をぼんやり眺めていたら、一枚の写真の説明文が目にとまった。写真自体は近くの漁港に面した頑丈そうな普通の石垣であるが、その説明文に
   「文豪徳田秋声の愛人だった山田順子の実家、旧回船問屋の石垣」
とある。
  すこしは小説も読み有名な作家の名前ぐらいは知っているはずなのだが、徳田秋声というのは知らない。同じ本棚に高校のテキストの『日本文学史』があったので、ぱらぱら開いて見ると、たしかに森鴎外・夏目漱石・島崎藤村(正しく文豪とよぶのはこの三人だけと思っていたが)などと並んで徳田秋声の名前があった。しかも太字である。さらにショックなことに、彼の代表作としてとりあげられている『黴』『あらくれ』『仮装人物』『縮図』には赤鉛筆で読了のチェックがされていた。つまり私は高校のときにこれらの小説を図書館から借りたかして読んでいるのである。ところがその記憶はまったく無い。となりにある田山花袋の『蒲団』『田舎教師』は記憶に残っているというのに。なんてことだ。よほ どつまらなくて印象に残らなかったのだろうか。


   某月日― 0002 ―
  神田の古本屋街を歩いていて徳田秋声のことをふと思い出した。専門外の近代文学関係の店を覗いてみるが徳田秋声の本はなかなかない。何軒目かの店頭の段ボール箱に文学全集のバラ本があり、その中に徳田秋声の巻を見つけた。『講談社版日本現代文學全集28徳田秋聲集』(昭和37年9月発行)である。背表紙がすこし傷んでいるが中は日焼けしていない。 これで100円というのはあまりにも安すぎる、というか100円でも買う人がいないというの が実情であろう。もちろんこの本は買う。
 古本屋街を一通りまわり他に収穫がないので、帰りに新刊本書店に寄った。文庫本の棚をみるが秋声の本は無い。棚の端にぶら下がっている目録を見ると秋声の文庫は、新潮文庫の『あらくれ』、岩波文庫の『縮図』だけである(このとき講談社文芸文庫の『仮装人物』はまだ発行されていない)。文豪とよばれているのにこの二冊だけというのは何かさみしい。やはり人気がないのである。文学全集のコーナーに中央公論社版のものが並んでいたが、秋声の巻はなかった。


   某月日― 0003 ―
 『講談社版日本現代文學全集28徳田秋聲集』をひらく。巻頭の写真が8ページもあるのがうれしい。かなり得した気分である。秋声が写っている写真を中心に何枚か並べてみる。
小石川表町の借家書斎 二葉亭四迷ロシア旅行送別会 長谷川天渓外遊送別会

森川町自宅で家族と 秋声花袋生誕五十年祝賀会 懸賞小説審査協議会

「あらくれの会」の熱海旅行 星岡茶寮 森川町自宅で三女と

本郷森川町の自宅書斎 満州国の詩人作家らと 森川町自宅で長男家族と

現在の本郷森川町の家 遺品 金沢市卯辰山の秋声文学碑

   某月日― 0004 ―
  目次を見る。

   犠牲 新世帯 媾曳 あらくれ 菊見 蒼白い月 花が咲く
   風呂桶 挿話 折鞄 白い足袋の思出 町の踊り場 和解
   死に親しむ 金庫小話 チビの魂 仮装人物 縮図

  以上が、『講談社版』に収録されている作品であるが、読む前に巻末にある秋声の年譜に目をとおしてみる。小説を読むのに専門家でもないし、その作家の詳しい生い立ちにあまり興味も無いのだが、文学的常識の確認である。
  秋声は泉鏡花の紹介で尾崎紅葉の門下に入るが、塾の玄関番は断っている。鏡花は紅葉を神様みたいに尊敬していたというのはきいたことはあるが、秋声はそうでもないらしい。けれど鏡花の小説は紅葉の影響をそれほど受けていないような気もするが。
  気になったのはこれぐらいで、あとは気が遠くなりそうなほど夥しい量の作品の羅列である。


   某月日― 0005 ―
  とりあえず、前半の「犠牲」から「チビの魂」までの短篇を順番に読んだ。後半の「仮装人物」と「縮図」は長篇で、ページ数の半分を占めているのであとまわしである。前半の作品は書かれた年代が明治大正昭和と三代に渡っているので作風はかなり変化している。
  「新世帯」はすべてが完璧である。隙が無くバランスが見事にとれている。紅葉門下の戯作調から口語体への過渡期なのだろうが、パターン化した風俗描写が嫌味にならず、当時の風俗をそのまま描いているようである。ただ作者である秋声は、それまで慣れ親しんだ戯作調をまだ確定してない口語体に変えるわけだから、これを書いている間中、胃が痛 くなり、脳みそがよじれ、書斎の中をのた打ち回ったはずである。しかし、作品にはその気配が微塵も表れてない。それどころか完成した高いレベルを保ったまま最後まで行ってしまうのである。
  「あらくれ」もすごい。主人公のお島だけの視点から、硬質でややひろい小説空間を設定しているのだが、これは読むものにとって何か不安をいだかせる。それとともに、「継子」や「六部」などの印象が最後までつきまとう。秋声はこれを意識して書いたのだろうか。
  他に、「菊見」「風呂桶」「折鞄」「町の踊り場」「和解」「死に親しむ」など人の死にまつわる短篇が並ぶ。秋声は死に対しての心情を直接書こうとせず、重苦しい空気から開放されたいと避けたり、唐突だったり、ふとうまい鮎田楽を食べたくなったり、小噺の落ちがあったりなど、わざと(かどうかは不明であるが、小説としては実験的である)はず している。読者は表面上の物語を読み、「ああ、この感覚はいいなあ」と思ったりするのであるが、読み終えたあと、「しまった」とか「やられた」と気づき、物語の底に沈んでみえない作者の心情を掬い取ろうとするのである。


   某月日― 0006 ―
  「仮装人物」を読む。物語は、その結末があらかじめ掲示されてから過去をたどり、時間の流れが相前後し曖昧に迂回しながらよじれて渦巻くが、つい物語に感情移入してしまい、違和感が無く自然である。いろいろ実験小説を書いてきた秋声にとっては、これも実験なのだろうが、今でも通用しそうな小説である。
  最後に「縮図」を読む。読み進むうち、途中で何か様子がおかしいことに気づく。それがはっきりしないので、また読み続けるのであるが、結局わからないまま最後まで読み通してしまう。この小説が未完のせいでもない。つまり、この小説を読みながら何かを考えようとするのであるが、なにも考えることができないのである。作者の意図とか心情はおろか、作者自身の存在がまったく感じられない。物語も勝手に淡々と流れているだけである。だからといって、この小説が駄作だとか通俗的だとか失敗作だとか、というわけでもない。武家出身である秋声は、無の境地でこの小説を書き、できた作品には物語や登場人物と直接関係ない抽象的な感動のみがかすかに存在し、読む者がそれを感じ取ることができるか、そういう究極の実験小説として最後にこの「縮図」を書いたのかもしれない、というのは大げさであるが、このような、作者と物語と感動が分裂している小説を書くことのできる現代作家はいったいいるのだろうか。この作品を単に傑作の一つとして片付けてしまうのは安易過ぎるだろう。ただ未完というのがすこし残念であるが。


   某月日― 0007 ―
  『講談社版』に収録されている秋声の小説を一通り読んだのであるが、たしかに高校生のときに読んでもつまらない内容である。ある程度年齢を経て、いろいろな心情の変化などを経験しないと分からない小説である。しかも、物語から直接的な感動を得ようとして小説を読む人にとっても苦手かもしれない。これでは人気が無いのも当然である。
  最後に、「文藝雑感―正宗氏へお願ひ―」という短文が収録されているのでこれを読む。


  過去の客観的な「足跡」に比べ、最近の「一茎の花」は主観的で詰まらない、なぜかういふ作家を文壇におくか


  という正宗白鳥の主観的感情発言に対し、


  ただ私は書かないと食つていけないので、老境の仕事で氏には目だるいところも多多あるだらうが、商売の邪魔をすることは控へていただきたい


  という秋声のお願いである。まあこんな互いに畏友であった作家のやりとりはさておき、このなかで秋声は、文学あるいは小説における主観と客観について自己の立場を明確に述べている。これは秋声の創作上の本質をついているようなので少し長いが引用する。


  文學上の客觀性といふことは、何も科學の場合におけるやうに、天文學や物理學風に社會現象や人間の心理を取り扱ふものでもないだらうから、客觀性といつたところで、せいぜい自分を突放して描寫する程度でしかありえないんではないかと思ふ。科學にしたところで、純粹客觀であるか否かは頗る疑はしい。人間の思考することで、純粹客觀といふべきものは、殆ど有りえないんではないかと思ふが、さういふ言ひ方の妥當性を缺くことは無論で、科學的な立場から人間生活を觀察し描寫したところのゾラ派の小説を理想的な客觀小説だとすることに大體異存はない筈だとしても、それと同時に所謂る私小説にも亦作者の質の如何によって、多分に客觀性を具備したものもありうる譯である。客觀とか主觀とかいふことは創作上の態度にもよることだけれど、作者の質にもよる場合が頗る多い。主觀的な作家はいくら他人の事を書いても、それは矢張主觀小説であり、客觀性の多い作家は、自身の畫像をかく場合にも、自己を客觀的に取り扱つてしまう。ただ自己肯定と否定の問題とは自ら區別しなければならない。


  『講談社版』に正宗白鳥のいう「足跡」と「一茎の花」の作品は収録されていない。ゾラ派の小説というのもふくめて、あとで探して読むことにする。


   某月日― 0008 ―
  「作品解説」は山本健吉が書いている。『講談社版』の編集に、伊藤整、亀井勝一郎、中村光夫、平野謙、山本健吉が名を連ねているが、『基本季語五〇〇選』の山本健吉であるというのが好い。他の作家だと秋声に似合わないような気がする。
  山本健吉はここで、「作家として私の最も敬う人、および小説の名人はともに秋声である」という川端康成の言葉や広津和郎の『徳田秋聲論』からの文を引用し、秋声の人物描写について論じている。最後の方で夏目漱石の「あらくれ」評や「則天去私」で、秋声の作品に見られる主観客観の変化を簡単に述べているが、これは漱石の「あらくれ」評の全 文を読んでからあらためて考えることにする。
  「作品解説」のつぎに、和田芳恵の「徳田秋聲入門」があり、秋声の経歴や作品のモデルの背景などを詳しく書いているが、秋声を作品だけから読み取ろうとしている私にとって、あまり参考にはならない、というか必要ない。


   某月日― 0009 ―
  月報がはさんだままである。宇野千代、吉田精一、庄野潤三、佐々木基一、寺崎浩が短文を寄せている。
  宇野千代は、大森の馬込に住んでいた頃、秋声が大森ホテルに山田順子と来ているときき、会いに行った思い出話などを書いている。
  吉田精一は、秋声の初期の政治小説や、理性的で複雑な精神構造をもつ女性が主人公の小説は、苦手で失敗しているが、モオパッサンのような名作があると信じる、と少し専門的である。
  庄野潤三は、作家になってからも秋声を全く知らないで過ごしてきたが、たまたま友人からすすめられて秋声を読み、その中でも、微妙な美しさがどこかヘミングウェイの短篇を思い浮かばせる「町の踊り場」がいちばん好きで、それ以来この作品を繰り返し読むようになったと書いている。
  佐々木基一は、「凝視」という一語で形容される秋声文学の中で「仮装人物」や「町の踊り場」が好きで、これらは他に類例のない日本文学の傑作だと思う、と書き、最後に、秋声文学と溝口健二の映画にはどこか一脈相通じるものがあるように感じる、と少しほめ過ぎのような気がする。佐々木基一はこんな作家だったか。
  横光門下である寺崎浩は、秋声文学の読者ではなかったが、ダンスホールで秋声に紹介されても秋声を大家として遠くから眺めていた思い出を書いている。寺崎浩はその後、秋声の次女と結婚している。


   某月日― 0010 ―
  年譜の後ろに参考文献(昭和37年当時)があるのでながめる。編集した榎本隆司は多くを削ったといっているが、秋声自身の文章を除いて百篇ほどである。これが多いか少ないかは分からない。夏目漱石だともっと多いはずである。単行本は舟橋聖一の『徳田秋聲』一冊だけである。雑誌は、戦前の「文章世界」「新潮」「早稲田文学」「文藝春秋」などが 並んでいる。これらは、国文学科のある大学図書館、国会図書館、都立図書館、近代文学館などにはそろっているのだろうが、専門家でもないし、それらを閲覧する余裕は残念ながらない。とりあえず、近くの区立図書館や古書店を時間をみつけてまわり、秋声や近代文学に関する本を探すことにする。

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