ZOKE.NET HOME PAGE
校友会員ウェブギャラリー
 
金剛地武志 23期 デザインII類
■Gallery TOP

■Friends Gallery

■留学生 Report


 

大音量で流れる音楽にあわせてギターの弾き真似をする姿を競う「エアギター」パフォーマンスで注目され、現在は俳優として活躍されている金剛地武志さんにお話をうかがいました


――7:3分けに銀縁メガネ姿でのエアーギターのインパクトが強いので、ご自身で演奏もされるとは知りませんでした

――「ギター弾けるんですか」とよく聞かれますが
 CS祭で組んでメジャーデビューしたバンド「yes mama ok?」では演奏/アレンジ/作詞/作曲すべてを担当していました。今もNHKのドラマの劇伴をつくったり音楽活動もしていますよ

――音楽の原体験はありますか

 やはりYMOでしょうか(「yes mama OK?」を略すと「ymo?」)

――高校生の頃からバンド活動をされていたそうですが、なぜ美大進学を目指されたのです

 通っていた高校がクリエイティブなことに貪欲な人が多く、先輩達はファッションを勉強するため留学したり、美大へ進学するひとも多い環境でした。当時好きなミュージシャン達が美大卒だったことも大きいです。ファインアートの研究をしたかったので芸大の芸学を目指していましたが‥2浪して造形のデザイン学科に小論文で入学しました。

――目指していた方向と少しちがいますが

 入学当時は大学にいることが正直辛かったです。印象的なのは入学式で佐藤忠良先生が「落ち武者の集まり」といわれたことですね。高尾校舎だったので立地的にも受験に失敗したという心情的にもぴったりで。でもそれが卒業の頃には誰よりも大学をエンジョイしていましたし、今の僕につながる精神の土壌は大学時代の経験によって育まれたと感謝しています

――失意のどん底から随分心境の変化があったようですが何があったのでしょう

 捉え方が変わっただけです。現実は多面体で右からみれば地獄にみえても反対からみたら天国と捉えることもできます。今いる場所で「何をするか 何をみつけるか」それが問題です。後に僕の代名詞のようにいわれるエアーギターの精神も、ギターは弾けないけど大好きなミュージシャンになりきって楽しんだものが勝ち!誤解でもいいから人生幸せだと思うほうが特ですから。徹底的に誤解していこうと!ベクトルを変えただけです。

――造形大のよさは

 当時はデザインで入学してもどんな授業もとれたので16mmで映画を撮ったり、粗造にも挑戦しました。創造という大きなプールの中で自分の可能性を狭めず何でも試すことが出来る最高の環境でした。

――卒業後は会社勤めをされながら音楽活動を続けられていたのですか

 会社は数年で退社してミュージシャンとして生きていくと思っていましたが東京MXテレビの「テレバイダー」でアンカーマンをつとめたことでテレビの仕事が増え、スペースシャワーTVの番組内で僕に「エアーギター」に挑戦させて世界大会に出場させようという企画が盛り上がったことでまた状況が大きくかわりました。出場するからにはフィンランドまでいって予選落ちするわけにもいかず必死でやったら結果世界4位!日本大会では1位!すると面白くなってきました

――知る人ぞ知るミュージシャンから一夜にしてお茶の間の人気者へ転身ですね。

 自身ではいきなり変わったという感覚はあまりなく、現実を楽しむ為に心を開いて仕事をひとつひとつしてきたところ、開ききったところが「エアーギター」のパフォーマンスと捉えています。常々思うのですが、自分の適正は自分で決めない方がいいと。

――2007年にエアーギター選手権から引退されてからは俳優として活動されることが多いようですが

 仕事以外のライブ活動もいれてミュージシャン3割 俳優7割といったところでしょうか。いや、でも去年は俳優座で座長公演をさせていただいたから…俳優9割でしょうか。

――多方面で才能を発揮されていますが今後についてお聞かせください

 僕の場合ひとつのことを修練して、高い山に登るのではなく様々なことに挑戦して放射状に世界が広がっていく、それが自分の形なのかなと感じています。ただその根っこは「何かを表現していくことに関わる」という意味で全てつながっています。

――次回は校友会常務理事の渡部千春さん(24期デザインT類)とのユニット「金剛地デザイン研究所が行く!」(デザインのひきだし連載中)で相原校舎にいらしてください

 機会あれば……


<金剛地武志>
ミュージシャン/俳優/タレント

1967年横浜市生まれ。東京造形大学造形学部デザイン学科U類環境計画専攻卒業。
卒業後、専門学校旧インテリアセンタースクール(現ICSカレッジオブアーツ)で2年間助手として勤務。ミュージシャンとして1996年日本コロムビアより、造形大同級生によるグループ「yes,mama ok?」でデビュー。2001年MXテレビ「テレバイダー」に出演、以後俳優としてのキャリアを開始。映画、ラジオ、舞台にも活動の幅を広げる。エアギター世界選手権2004、2005年4位、2006年5位。グラフィック社「デザインのひきだし」紙上にて渡部千春女史との「金剛地デザイン研究所」連載中。




*画像をクリックすると
 詳細ウインドが開きます。


Copyright©2005-2008,ZOKEI FRIENDS OFFICE. All rights reserved.