新紀元社 / Shinkigensha

カナンの魔女

カナンの魔女

シリーズ名:モーニングスターブックス
著者:守野 伊音
イラスト:ここあ
定価:本体1,300円(税別)
四六 308ページ
ISBN 978-4-7753-2106-5
発行年月日:2023年08月28日
在庫:在庫あり

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本の紹介

なんて優しくて───可哀そうな人
災厄の魔女に恋をされてしまうなんて

とある魔女の呪いによって女性の姿にされた王子と、そんな王子を元の姿に戻すために奮闘する新米魔女。
呪いから始まる痛みと癒しのファンタジーラブストーリー。

「彼は人で、私は魔女だ。私は、カナンの、魔女なのだ」
類まれな力を持つ魔女を恐れた人々はその存在を厄災と呼んだ。そんな魔女の中でも特に傍若無人な師匠から独り立ちしたばかりの新米魔女キトリは、依頼を受けてシルフォン国の王城へ赴く。彼女の前に現れたのは、気が強そうな美しい女性。“彼”こそシルフォン国の第一王子にして、厄介な魔女に呪われた不運な青年リアンだった。

 他人がどういう趣味格好思考をしていようが自由だろうというのが魔女の考えなので、そこは特に気にしない。魔女自身も自由で気まぐれな生き物だ。しかし、こうあるべきだと定められれば、いい悪いは関係なくとりあえず反発したくなる厄介な生き物なのである。
だからそれは別にいいのだが、私には仕事があった。そっちはどうでもよくはない。何故なら私は、依頼を受けた魔女なのだから。
トランクを下ろし、女と同じように腕を組む。遊ばせた左手で杖をくるりと回す。手首を軸に再度くるりと回した杖の頭を、彼へ向ける。そう、彼だ。
「さて、シルフォン国リアン王子」
どこからどう見ても女に見える目の前の〝青年〟に、私はにぃっと笑ってみせた。
紅を塗っているのかいないのか、先程までは判断がつかなかった私の唇が真っ赤に染まる。まるで狩った獲物にそのまま食らいついたかのような赤さに、リアン王子は下がりかけた身体をぐっと堪えた。
おや、十七歳と記されていたのになかなか見所がある。偉そうにもそんなことを思ったが、この場では口に出さない。気ままな魔女といえど、その程度の分別はつく。
「この魔女めをお呼びになったのは、王女となられた御身を王子へお戻しする為、ということで相違ございませんか?」
王女の王子は悔しそうに呻いた。
それが答えである。

「どうして馬車を、いやせめて馬を使わない!」
「時間かかるじゃないですか。飛んだらあっという間なのに、わざわざ時間かける理由もありませんし」
「大体、魔女は箒で飛ぶものじゃないのか⁉」
「そう、それ! どうしてそんな魔女の形が人間の間で流行っちゃったんですか? 魔女が扱うのは箒じゃなくて杖ですし、何より箒で飛んだら股が痛いじゃないですか」
「………………もうちょっと言葉は包め」
「人間の想像力って乏しいですね」
「悪化しているしそこじゃない!」
な、何だよぉ。怒るなよぉ。分かんないよぉ。
空を飛ぶ生き物は、虫と鳥と魔女だ。それは一般常識である。だが人間が当てはめる空飛ぶ魔女の姿は、何故だかいつも箒に跨がって描かれるので、魔女達は一様に首を傾げるものだ。
魔女は箒には跨がらない。面白がって跨がる魔女もいないわけではないが、普段使いにはまずしない。乗り物は乗り心地、居心地のよさ。これ必須である。そもそも箒は跨がるものではなく掃く為にあるのではなかろうか。
「椅子で移動してるだけいいと思ってくださいよ。寝台で移動する魔女、結構多いんですから」
「……寝台」
「文字通り寝ながら行けて凄く楽なんですよ。天蓋付きだと日差しが強いときでも楽だし、雨よけにもなるし。でも殿下は嫌だろうなと、私なりに珍しく気を使って椅子にしたのに……」
「そうだったのか……知らないこととはいえすまなかった」
「あと、私が殿下と寝台に寝転びたくなかったってのが一番大きいです」
「未だかつて、これほどまでに謝罪するんじゃなかったと思ったことがあっただろうか」
私に聞かれても彼の過去は知りようがないので、自分の記憶を掘り起こして確認してほしいと思う。

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