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なぜ素人が法廷に? 動き出す裁判員時代

2008年10月17日

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写真松尾浩也・東大名誉教授=鎌田正平撮影

 来年5月に裁判員制度が始まることは知られてきた。でも、「そもそも、なぜ素人の私たちが参加しなければならないの?」という疑問はまだ消えない。特集の1回目は、この制度が生まれた経緯からおさらいしたい。(市川美亜子、岩田清隆)

 この制度は、市民に縁遠かった裁判を身近なものにし、市民の目が加わることでより良くしようという発想から生まれた。

 「司法の国民的基盤を確立するため、一般の国民が裁判官とともに責任を分担し、裁判に主体的に関与できる新たな制度を導入するべきだ」

 小渕内閣だった99年7月に設置された司法制度改革審議会。法曹界のほか学会、財界、労働組合、消費者団体などの代表が集まって徹底的に議論し、01年6月に意見書をまとめた。当時は「改革」を旗印にする小泉内閣。首相が違っていたら、別の結論もあったかも知れない。

 もっとさかのぼると、「源流」はどこにあったのだろう。

 その一つは、90年代半ば以降に規制緩和が進んだなかで、「もめ事を解決するための手段としては、裁判は時間がかかりすぎて使い勝手も悪い」という経済界や自民党の不満だった。ただ、もともとは民事裁判の改革を想定していた。

 もう一つは、「官僚裁判官には任せておけない」と、陪審制か参審制の導入を求める弁護士を中心とする運動だ。80年代に死刑囚の再審無罪が相次いだ。捜査当局がつくった自白調書を重んじる現状に、著名な法学者も「わが国の刑事裁判はかなり絶望的」と批判していた。90年代後半には、オウム真理教元代表・松本智津夫死刑囚の裁判に代表されるように判決まで時間がかかりすぎることや、一部の判決で量刑が市民の感覚からかけ離れている、との批判もあった。

 民事裁判の改革論議から始まった司法制度改革は、刑事裁判にも「飛び火」した形に。特に「市民の司法参加」は改革のシンボル的な存在となった。

 無作為に選ばれた市民が有罪・無罪を決める米英型の陪審制か、裁判官と市民が協力して結論を話し合う独仏型の参審制か。慎重とみられていた最高裁も00年9月に「市民が評決権を持たない形の参審制」の案を示した。いま振り返ると、これがきっかけとなって審議会は一気に導入に傾いた。最終的に、陪審と参審の二つの制度を組み合わせた日本独自の形に決まった。

 国会のほぼ全会一致で04年5月に裁判員法が成立すると、その後の4年あまり、最高裁、法務省、日本弁護士連合会による多額の予算を使った広報が続けられてきた。

 ただし、私たち市民が参加するとしても、仕事や家庭を考えると、何日も裁判に付き合ってはいられない。できれば数日間で終わらせたい。そこで、事前に証拠や争点を絞り込み、連日のように公判を開いて一気に判決を出すという新しい形の刑事裁判になりそうだ。捜査当局の取り調べに、容疑者が自分の意思で自白したのかを確認するために、取り調べの一部の録音・録画も始まっている。

 検察官や弁護士も、「市民が法廷で見て聞いただけで分かる裁判」を合言葉に、難しい用語を分かりやすく伝えようと努めている。こうした変化は、裁判員制度がもたらした成果だろう。

 その一方で、スタートが迫ってきても、市民の参加意欲は一向に高まらない。最高裁が今年初めに実施した調査では、積極的な市民は15・5%。「日本の風土では、市民が市民を裁くことはなじまない」「拙速に裁けば、被告や被害者のためにならない」などといった疑問や制度への反対論も根強い。

 政党の中でも社民、共産の2党が今年8月、「国民の制度への理解が不十分」「被告の権利が守れない」などとして相次いで来年5月のスタートを延期するよう求めた。自民党の一部や法務省には、市民が参加しやすい環境を整えるため、「日当を引き上げては」という意見も出ている。

 かぎを握るのは民主党だ。党として推進の立場は変えていないが、一部の幹部には慎重論もある。

●「旧式の台所」を一新/義務より権利 「裁判員」の名付け親、松尾浩也・東大名誉教授(80)(この人に聞きたい)

 司法制度改革審議会も終盤となった01年1月。ヒアリングに呼ばれて話しているうちに、「裁判員」という言葉が浮かんだ。市民だけで有罪無罪を決める陪審制派、裁判官と市民が合議する参審制派が対立しており、議論を前に進めるには陪審員、参審員ではなく、新しい用語が必要だった。国立大では教官、私立大では教員と呼ぶことがヒントになったと思う。

 日本では戦前に陪審制が失敗した経験があり、私も以前は国民の司法参加には慎重だった。しかし一方で、戦後の刑事司法のやりかたが限界に来ていることは、刑事訴訟法学者として強く感じていた。

 法律家だけの法廷では「業界用語」が飛び交い、開廷は平均して月に1度。裁判官は何百ページ、ときには何千ページもの記録を読み込んで、判決を丁寧に書く。「精密司法」と呼ばれたが、ガラパゴス諸島の風景を連想させる独自の繁栄だった。

 ただ、プロセス(手続き)は問題でも、ゴール(判決の内容)はおおむね国民に信頼されている。旧式の台所で職人が料理を作っているようなもので、「料理がおいしいなら文句はないだろう」と司法関係者も確信し、見直しの議論は何十年も進まなかった。「そろそろ近代的なシステムキッチンにしたいものだが」と私は常々考えていた。

 それが、裁判員制度の導入とともに証拠開示の拡充や連日開廷、公判前整理手続きの実施、容疑者段階の国選弁護など、長年の懸案が一気に実現する形勢になった。国民の司法参加を「錦の御旗」として、「この際、がらりと変えてしまおう」と風が吹いた。

 国民の多くは、今のところ参加に消極的のようだが、義務とだけ考えないで、大事な権利を得たと思ってほしい。刑事手続きの実情を自分の目で見て、意見を述べることができるようになるのだ。国会には選挙を通して参加しているのに、司法への関与はこれまでほとんどなかった。しかし、今や「すべてをお上にまかせる」時代ではない。犯罪被害者が刑事裁判に参加することが決まったのも「官から民へ」という大きな流れの一環と位置づけられるだろう。

          ◇          ◇

 ◆年間5千人に1人・来月末から通知・裁判長が面接(これだけは知っておいて)

 Q 市民はどんな事件の裁判に参加するのですか?

 A 刑事裁判のうち、殺人や危険運転致死など重大事件の一審です。全国で年間約3千件と想定されています。控訴審や上告審には参加しません。民事裁判にも参加しません。

 Q 選ばれる方法は?

 A くじで選ばれた全国の有権者約30万人に、今年の11月末から12月に通知が届きます。届いた人は、来年中に裁判員になる可能性があります。来年5月21日以降に起訴された事件ごとに、数十人が裁判所に呼び出され、裁判長の面接を受けます。最終的にくじで6人が選ばれます。昨年の事件数で試算すると、約5千人に1人の確率です。

 Q 「忙しい」とか「やりたくない」という理由で辞退できますか。

 A 基本的にはできません。ただ70歳以上や学生、育児や介護を抱えている人、父母の葬儀などの外せない用事やその人にしかできない仕事がある人などは、辞退できます。

 Q 日当は出ますか。

 A 出ます。日当は1万円が上限ですが、実際に裁判にかかった時間によって下がります。往復の交通費や、必要なら宿泊費も出ます。

 Q 裁判員は何日ぐらい裁判所に行くのですか。

 A 7割の事件は3日以内、2割は5日以内、残り1割がそれ以上という想定です。

 Q 裁判員の仕事は?

 A 検察官と弁護人の立証を見て、被告が有罪か無罪かを判断します。有罪なら刑の重さを決めます。

 Q 経験した内容は、話してもいいのですか。

 A 法律では、非公開の評議の場でだれがどんな意見を言ったかや、事件関係者のプライバシーは、話してはいけないことになっています。公開の法廷で見聞きしたことや、経験した感想を話すのは大丈夫です。

■裁判員が審理する罪名(過去3年の事件数)

  罪名         2005年 2006年 2007年

 強盗致傷         1111   939   695

 殺人            690   642   556

 現住建造物等放火      322   331   286

 強姦(ごうかん)致死傷   274   240   218

 傷害致死          205   181   171

 強制わいせつ致死傷     132   161   168

 強盗強姦          165   153   129

 覚せい剤取締法違反     118   125    94

 強盗致死(強盗殺人)    123    72    66

 偽造通貨行使        244    40    62

 危険運転致死         43    56    51

 銃刀法違反          37    40    29

 麻薬取締法違反        10    13    28

 集団強姦致死傷        14    16    23

 通貨偽造           76    30    17

 麻薬特例法違反        19    14    13

 保護責任者遺棄致死       8    14    10

 その他            42    44    27

 総数           3633  3111  2643

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