現在位置:
  1. asahi.com
  2. ニュース
  3. 特集
  4. ノーベル賞
  5. 記事

旧来の「常識」疑おう 小林誠さん座談会

2008年10月10日12時23分

印刷

ソーシャルブックマーク このエントリをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録 このエントリをdel.icio.usに登録 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをBuzzurlに登録

写真拡大小林誠氏(中央)ら3人のノーベル賞受賞を喜ぶ小柴昌俊氏(右)と野依良治氏=8日午前、東京・築地の朝日新聞東京本社、松沢竜一撮影

 小林誠・高エネルギー加速器研究機構名誉教授(64)ら日本人3人に今年のノーベル物理学賞が贈られることが決まったのを受け、朝日新聞社は8日、小林さんと、01年化学賞受賞の野依良治さん(70)、02年物理学賞受賞の小柴昌俊さん(82)の座談会を東京本社で開いた。受賞の喜びや授賞対象となった基礎研究の大切さ、物理学の現状や未来などについて語ってもらった。(司会=高橋真理子・東京本社科学エディター)

●成果だけでなく基礎重視を

 ――おめでとうございます。南部さんと同時受賞ですね。

 小林 大学の時に研究していたのは南部先生が提唱していた理論で、尊敬していた。同時受賞は夢のようです。

 ――小林さんのように、理論と検証実験の両方にかかわるのは珍しいのでは。

 小林 高エネルギー加速器研究機構(茨城県つくば市)の計画段階から、実験の専門家と一緒に議論してきました。両方に関係するのは、なかなかないことだと思います。

 小柴 加速器に改良を加え、難しい実験をちゃんとやった。日本として自慢していい。

 野依 お2人は紙と鉛筆で成果を上げられたというが、それだけでは現代物理学は成り立たない。やはり加速器をはじめとした実験科学の充実も大事だ。

 小林 その上で、理論のような、小さな規模の研究も大切にしていただければ。

 小柴 宇宙の最初がどうだったかなんて、分かったところでどの産業の利益にもならない。やはり基礎科学は国が何とかしてくれないと、どうにもならない。国が本気で考えてほしい。

 野依 今回の賞は基礎中の基礎分野だったことに意味がある。

 小林 最近は競争、成果を強調しすぎている気がする。もう少し大学での基礎研究を重視してほしい。

 小柴 宇宙が生まれたビッグバンのときに、粒子がなぜ消滅せずに残ったのか。小林・益川理論は、そのことを明らかにしている。我々がなぜ存在できるのか、それを説明してくれたのがこの理論なんだよね。

 小林 いや、まだ説明できていないんです。これからです。

 ――「対称性の破れ」という言葉は覚えても、意味が分からないという人は多いです。

 小林 粒子と反粒子というと難しいかも知れないが、私たちは反粒子を実際に使っている。有名なのは、医療分野でも使われるPET(陽電子放射断層撮影)。機械の中で陽電子が電子と出くわし、消滅するときにガンマ線が出る。そのガンマ線をはかることで、代謝などが起こっている場所がわかる仕組みです。反粒子の特性はそこに十分表れている。粒子と反粒子は電荷は反対だが質量は等しい。でも、鏡に映したように同じではなくて、対称性が成り立っていない。その理由を説明するために、クォークという基本粒子は六つある、という提案をしました。

 ――まだ説明しきれないというのはどんな点ですか。

 小林 実験室で見つかっているようなCPの破れは、いまの理論で矛盾なく説明できます。でも宇宙の物質・反物質の問題はそれだけで説明できない。いまの理論では破れ方が足りない。別の粒子があって、そこでもCPが破れていないと宇宙は説明できない。その候補がニュートリノ。今、それを明らかにする実験が始まろうとしている。

 小柴 ニュートリノのCPの破れを調べようというのが今、茨城県東海村につくっている強い加速器(J―PARC)からスーパーカミオカンデ(岐阜県飛騨市)にうんと強度の強いニュートリノを送る計画です。

 ――70年代に理論を考えられた当時は何がモチベーションとなったのでしょうか。

 小林 大学院生で、周りの雰囲気があったのでしょう。

 野依 名古屋大理学部の雰囲気が素晴らしかった。(小林、益川両氏の恩師である)坂田昌一先生が理学部長として牽引(けんいん)し、自由闊達(かったつ)に議論する雰囲気の中でお2人が育った。

●自分の力で発見 基礎科学の魅力

 ――基礎科学の楽しみは?

 小林 どんな小さなことでも自分で何かを見つけることですね。最先端の細分化はある程度やむを得ない。その中で、論理の整合性などをガイドにして手がかりを一つずつ発見しながら進んでいくことがおもしろい。

 野依 日本はいま、グローバル競争という危機を迎えている。さらに近く人類の生存をかけた危機にさらされる。これに備えるために基礎科学も奮起しなければならない。

 ――これだけ学問が難しくなってくるとどうしたらいいんでしょうか。

 小林 いろんな可能性を広くカバーしていないと、どこから正しい答えが出てくるかわからない。いまは、1人がカバーするのは難しい時期。それぞれの人が自分の考えで進めることによって全体としてバラエティーを確保する。その中で正しい答えに巡り合う人も出てくる。結果が出た人はたまたま自分の狙ったところに道があったということではないか。

●哲学的思考必要かも

 ――今後、物理学はどうなっていくのでしょうか。

 小林 素粒子に限っていえば標準模型といわれている理論はある程度、実験的な検証はほぼ終わった。その先には課題は二つある。一つは重力の理論。そのカギが超弦理論の研究。もう一つは超対称性理論と言われているもの。この二つがつながっているという気がしているが、かなりの概念の飛躍も必要だ。

 野依 哲学的な考えが必要になるのだろうか? 湯川(秀樹)先生は哲学的に理論を切り開いたと聞いている。

 小林 従来の概念とどっかで決別しなければいけない。ニュートン的な力学に固執していいのかという問題にぶつかる予感がする。

 ――小柴さんのご意見は?

 小柴 物理の未来? そんなこと分かんねえよ(笑)。でも、南部陽一郎さんはすごいことに真っ先に全部つばをつけていた。素粒子がひもかもしれないと最初に言い出したのも南部さんだ。

 野依 南部先生は、とてつもないことを考えることが楽しみだとおっしゃっていた。若い人には想像を絶することを考えてほしいと思う。

 小林 南部先生は引き出しが多いから。ルールの背後にある力学を考えた結果、到達した。そういう発想がすばらしい。

 ――益川さんがテレビのインタビューで「南部先生と一緒に受賞した」というくだりで涙をこぼされたが。

 小林 まったく同感です。

 小柴 それだけ南部さんが大きな存在なんですよ。

 野依 お3方の受賞は日本人に科学する能力が十二分にあることを明確に示した。国民全体の自信につなげてほしい。若い人が世界をリードする科学をつくってほしいと思う。

     ◇

 小林誠氏(こばやし・まこと) 44年愛知県生まれ。高エネルギー加速器研究機構名誉教授。08年ノーベル物理学賞。

 小柴昌俊氏(こしば・まさとし) 26年愛知県生まれ。東京大特別栄誉教授。宇宙から飛来するニュートリノの観測で、02年にノーベル物理学賞。

 野依良治氏(のより・りょうじ) 38年兵庫県生まれ。理化学研究所理事長。必要なタイプの化合物だけをつくる不斉合成の研究で、01年にノーベル化学賞。

     ◇

 〈CP対称性の破れ〉 物理法則は、例えば鏡に映した世界の中でも変わらないと考えられていた。これを対称性という。粒子の持つ電気をチャージ(電荷)、鏡に映した反転像をパリティーと呼び、それぞれをC、Pと略す。両者を同時に入れ替えるのがCP対称性。64年、CP対称性が成り立たない「破れ」が見つかり、その原因をクォーク(陽子などをつくる素粒子)の数と関連づけて解き明かしたのが小林・益川理論だ。

 宇宙の始まりの大爆発(ビッグバン)で、普通の粒子と反粒子ができた。粒子と反粒子は出合うと消滅し、光などに変わる。宇宙で対称性が成り立っていれば、両者は同数できてどんどん消滅したはずだが、CP対称性がわずかに破れていたため、粒子だけが残ったと考えられている。

     ◇

 アスパラaサロンに、ノーベル化学賞が決まった下村脩さんとの座談会を掲載しています。→アスパラへ

PR情報
検索フォーム
キーワード:


朝日新聞購読のご案内